第6部 結 語
本「理論人間生命学」は、以上のように、書き下ろし式に進める記述方式のため、体系的にはまとまりに難のある進行であったことは認めつつ、なんとかこの結論章にまで到達することができました。
ことに、前章で力説したように、空海を例として、日本の文化的、思想的伝統が、今日の先端科学の成果に匹敵する視界を、何と千二百年も昔に切り開いていたことに、驚きとともに、自分が親しんできた伝統がいかなるものであったのかついても、じつに力強い印象をもって再認識するに至っています。 続きを読む
本「理論人間生命学」は、以上のように、書き下ろし式に進める記述方式のため、体系的にはまとまりに難のある進行であったことは認めつつ、なんとかこの結論章にまで到達することができました。
ことに、前章で力説したように、空海を例として、日本の文化的、思想的伝統が、今日の先端科学の成果に匹敵する視界を、何と千二百年も昔に切り開いていたことに、驚きとともに、自分が親しんできた伝統がいかなるものであったのかついても、じつに力強い印象をもって再認識するに至っています。 続きを読む
ここに空海を、しかも、量子理論と並べて採り上げることに、なにがしかのためらいを伴いながらであることは否定できません。しかし、以下に述べるように、私は身近で、この日本史上の傑出した人物についてのまさに今日的エピソードを二つ体験し、これはただの偶然ではないと受け止めるところもあって、本章を立ち上げるものです。
その二つのエピソードの最初は、私が親しくするオージーの友人が日本を訪れた際、彼は大阪、堺にすむ友人に連れられて、高野山を参拝する体験をしました。それ以来、彼はぞっこんその開祖、空海に傾倒し、ことあるごとに「KUKAI, 続きを読む
前章5.1で、それまでの記述の流れを遮ってやや唐突に、最近の私自身の生活体験――タイとカンボジアへの旅――においての発見に触れ、これまでにこの「理論人間生命学」で述べてきた議論がもたらすものと、この旅の体験的成果という、〈突然〉にやってきた合体について述べました。
そしてそれに加え、これはもはや“勇み足”の感もしなくもなかったのですが、当サイト『フィラース 続きを読む
私にとって量子理論は、それがただ物理学上での一つの分野であることを越えるものです。そしてそれは、科学の最も先端分野を成しているというだけにとどまらず、科学が過去、人間世界を近代化する決定的な推進力のひとつであったように、現在の人間世界に新たな方向を与える、次の科学像を形成する人間の新たな活動様式となるものであると考えます。
そしてまた、量子理論は、人間文明がこれまで、主として東西に分かれて発達してきた、その分裂した過程を結びつける、そうした統一の可能性を秘める、そういう意味においても、根本的に新たな思考様式をもたらすものとも考えられます。 続きを読む
前々章(4.2)において、「血縁」と「氣縁」を区別することで、人間にまつわる関係性について、二つの「圏」を発見しました。
それを受けてこの章では、その「氣縁」をさらに「メタ圏」と捉え直すことにより、人間における「血縁=物質起源圏」と「氣縁=非物質起源圏」という、二つの起源を確認し、そのうちの後者を、本章でのテーマと定めて議論を進めます。
こうして「氣縁」を「非物質=メタ圏」と見る考えを媒介にして、その概念の捉え直しを行うのですが、まずそれを、感覚的判断を生かして、「氣縁」概念の〈スマート化〉と方向づけます。 続きを読む
これまでの3部にわたる議論で、本「理論人間生命学」の今段階における理論部分の全体像は、ほぼ提示できたかと考えます。そこでこの第4部では、一定程度完成したその理論の現実への適用――繰り返し述べてきたように生命事象は待ったなしですので、あえて性急に――を主題に、理論の未完成部分には留意しながらも、その実際の使い道の可能性について論じてゆきます。 続きを読む
第3部において、物質と非物質に両属する領域を想定しました。そして、その両属域を占める要素として、「氣」という東洋的用語や考えに注目しました。
そこまでは、創造過程としては、もっぱら理論に属する過程とみなせます。
そこで、そうした過程をへての進展を受けて、それをいよいよ、私たちの人生にもっと身近なところへと引き寄せてみたいと考え、この「理論の適用理論」とのサブ分野を新たに想定しています。言わば、理論と現実の間の橋渡し部です。 続きを読む
この第3部の「移動」すなわち創造性の源の原理をめぐる議論を終結するにあたって、その原理に直結する、健康ことに〈身体と精神の一体化をめぐる健康観〉が、世界では今日までどのように展開されてきているのか、その前世紀後半からの動向をまとめ、あわせて、その潮流における、本「理論人間生命学」のポジションを明確にしておきたいと思います。
この半世紀ほどの流れには、二つの主潮流があります。そのひとつは、前節の最後に 続きを読む
先に議論の筋道を分岐してその前半を掲載しましたが、以下はその後者である〈直観による飛躍的発展〉の詳細です。そしてその「直観」が着目する「氣」についての議論を述べてゆきます。
前述した「東西の融合」へと至る「東西」の二元論を、一部その議論と重複させつつ、思考方式という観点から掘り下げてみます。
東洋の考え方の最大の特色とも言えるものは、西洋の「細分化」と対比を成すかのように、〈対象の全体像をまず描く〉こと――これは直観的な発想に拠るものと考えられる――が、広く認められることです。あたかも「初めに言葉ありき」の西洋に対し、「初めに全存在ありき」の東洋です。 続きを読む
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