2.03 「並行宇宙」論と共に

相棒 前回までに、日本での山行という実体験が「ワームホール」となった、一見SF風な、人間量子存在へと発展する話がありました。それは、学術論的には大いに飛躍があるんだけど、人間論として、ことに生活者の立場に立つ、待ったなしのリスクを負っているナマの話でした。そして、量子理論に見出されることが、なんだかそうした学術論界隈のやたらややこしい話を吹っ飛ばして、一気に人間側、少なくとも、生きている命の側へと導いてきてしまうようなところでした。そこで、まさにその学術論に生命を与えるかの量子理論の心髄に注目したいんです。つまり、それこそが、テーマである「〈心〉理学」としての核心であるはずなんです。

MaHa そうそう、この一世紀、まさに天地をひっくり返すような驚異を伴って発展したきたその量子論なんだけれど、そうであるだけに、ことにいまやAI技術の発展と結びついて、世界を変える役割を担い始めている。そのポテンシャルはもすごいんだが、そうであればあるほど、まずはビジネス上の、金儲け上の話に焦点が当てられがちになっている。しかしそれは量子論のほんの一面でしかない。そこでそれを広く人間レベル化する手法として、「〈心〉理学」があるとにらんでいるのだが。

ミチオ・カク著(2024年 NHK出版)

相棒 そこで、最近読んだ本に、『量子超越』というタイトルの量子コンピュータの可能性を論じたものがあります。ミチオ・カクという日系のニューヨーク市立大学理論物理学教授の著によるものなのですが、とかく難解なこの量子論を、教育者との視点で、学生や素人にも理解可能に解説してくれています。その本が、とくに、量子論が「どう世界を変えうるのか」との視点で、もはや理論を越えて実用道具として超有力に使えるまでになってきている量子コンピュータについて論じています。

MaHa なるほど、それでどう言ってるのかね。

相棒 〈量子〉コンピュータって、その名称の通り、従来の〈デジタル〉コンピュータとは仕組みを異にする新時代のコンピュータで、量子物理学として明らかになってきた量子の驚くべき振る舞いを用いて、それこそ、従来型コンピュータを超越する能力を実用化するものです。すなわち、この量子の性質とは、もはや理論としてではなく、実際に利用する上において、その超越性が注目されていることです。繰り返しますが、理論としてではなく、実用性としてです。

MaHa それで、どのように実用できるのかね。

相棒 ちょっと専門的になり、一般の常識にとっては奇異な話となるのですが、ここが肝心なポイントです。すなわち、量子物理学が解明してきたことに、従来の物理学の常識――この世界とはひとつしかない――を破るところがあることです。それは、すでに数々の実験で実証されてきているもので、もはや仮説でなく事実となっている従来から言えば“非常識”です。そこでその事実の解釈をめぐってスッタモンダしているのですが、要するに、この世界は、過去の常識のように、ひとつしかないのではなく、〈並行〉したものが存在している、との物事の考え方なのです。つまり、慣れ親しんできた私たちの頭の中の、「この世界とはひとつしかない」という考え方を変えなければならない、ということなのです。この新たな考え方が〈並行宇宙〉論と呼ばれているものです。

MaHa これはえらいことになってきた。まさしく“非常識”だ。

相棒 そこで、この〈並行宇宙〉論を理解するため、その骨格部分を、その著作から引用します。以下のような、四つの要所です。

1. 重ね合わせ。物体を観測する前、それはありうる多くの状態で存在している。そのため、電子は同時にふたつの場所にいられる。これによってコンピュータの性能は大幅に向上する。多くの状態を計算に仕えるからだ。

2. からみ合い。2個の粒子が干渉し合っていると、それを引き離してもなお互いに影響を及ぼせる。この相互作用は瞬時に起こる。これによって、原子は引き離されても互いに連絡できる。すると、コンピュータの性能は、相互作用できるキュービットをどんどん足してゆけば飛躍的に向上し、従来のコンピュータよりはるかに高速で計算できるようになる。

3. 経路積分。粒子が2個の点のあいだを動くとき、その2点を結ぶありとあらゆる経路が足し合わされる。最も有望な経路は量子論によらない古典的な経路だが、ほかのすべての経路も量子論で最終的に決まる経路に寄与している。したがって、ほとんどありえないような経路さえ現実のものになりうる。もしかしたら、生命を作り出した分子の経路もこの作用によって現実のものとなり、その結果、生命が誕生したのかもしれない。

4. トンネル効果。大きなエネルギー障壁に突き当たると、ふつう、粒子はそれを突破できない。ところが量子力学では、その障壁を「トンネル」のように通り抜けるわずかだが有限の(ゼロではない)確率がある。これは、生命の複雑な化学反応が常温で大量のエネルギーなしに進行する理由となるのではないか。

『量子超越』ミチオ・カク著 (2024年 NHK出版) pp.112-4 

相棒 繰り返しますが、こうした性質の骨格は、理論上の話ではなく、もはや実用化の段階に達している量子コンピュータが実際に利用している性質なのです。

MaHa なるほど、それで君は、もう、話がここまできているとするなら、そういう量子の性質の骨格は、人間にだって存在しているはずだと、さらに発展させようとしているんだ。

相棒 そこです。それが僕のいう「〈心〉理学」の核心なんです。上の引用のように、生命活動の源泉がこれらの特徴にあるとするなら、それらが人間の生命においても同じく働いているはずとするものです。僕が子供のころから、自分の抱く思いってどこからくるんだろうと感じてきた、その出どころです。

MaHa でその核心は、上の引用にからめて言うと、どういうことなのかね。

相棒 こうした四点の性質が人間にもあるとすると、まずは、先の山行にまつわって、あるいは、私の人生上で体験してきた、一連の偶然の遭遇というのは、偶然ではなく、そういう必然であった――これを「シンクロニシティ(共時性)」と呼ぶ人もいる――のではないか、というものです。そういう一種の経路の存在です。

MaHa もちろん、君のいうその「必然」とは、従来の物理学でいう必然とはニュアンスが同じではないね。

相棒 ある面ではもっと輪郭のおぼろげなものですが、私たちの頭に常識化してきた「必然」がそれくらい狭く特殊な関係であったと考えれば、この従来的には必然ではなかったものも新たな必然として、納得できるものとなってきます。

MaHa そうか、君が先に〈もの/こと〉と言っていた広い意味での〈情報〉というものも、そういう脈絡で言われているものなんだ。

相棒 そういうことです。

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