22年6月アデレード交流

対面接触の重要性

「時空トラベル」をめぐって、その準備作業の焦点として、健康維持への個人的取り組みがそれなりの成果を成してきています。そして、その成果が第三者からの関心を呼び始めています。

そのひとつが、私が高齢と健康を両立させていることに関し、それに注目する若い世代が現れてきています。彼らは、南オーストラリア州都アデレードで看護師を勤める三十代初めの男女お二人です。

二人は、日本での看護の経歴を土台に、渡豪後、ワーキングホリデーや専門学校の学生の体験をへつつ、オーストラリアでの看護師資格を取得し、フルタイムワークとして、現在、アデレードでの医療機関で働いておいでです。

ふたりともに、看護の領域の中でも、ことに老人関係の分野に関心を絞っており、そういう意味ではとても今日的です。そうであるだけに、その老人医療に関心の深い実務者と、健康維持に成功している老人の場合が、互いの目を引いたというケースが出来てきたということのようです。

お二人とはこれまで、ネットを通じたアドホックなやり取りが中心でした。そこで、そうした接点を足掛かりに、さらに前向きな交流と進展を成そうとの機運になってきたものです。

そして、この6月はじめ、シドニーから南オーストラリア州都のアデレードへと足を運び、その地で、その二人と交流の機会となったものです。

人生の「モデル」

お二人が私に関心を持つ理由には、私に関する医療上の観点だけでなく、人生の先輩としての、ある意味での生き方のモデル役――いささか面はゆい限りですが――として、関心を持っているようでもあることです。

こうした関心点は、お互いに、個人的な価値観が強く反映したものとは言え、必ずしも、誰にもの共通の関心点とは言えない嫌いはあります。しかし逆に、そうした個人的注目とは、互いにそれだけ、密度の高い関心とも言えるものです。

そういう意味では、似た者同士の人的関係と言えなくもありませんが、私としては、私の変種たるところに関心があるというのは、なかなか目の付け所がよろしい、とでも評価したくなるところです。

そうした経緯をへて、アデレードに出向くこととなったのですが、今回は特にテーマを絞ったわけではなく、私としては、一人とは初対面ということもあって、ともあれ、互いにその人となりを理解し合うことを柱に、あえて取り留めもない話を交わさせてもらいました。

交換ポイント

そうした交流を終えてシドニーに戻り、そのアデレード交流をまとめたレポートが、別掲の記事です。

こうしたレポートに、男性のKさんより、以下のような返答をもらいました。

はじめさんとお話をさせていただいた当初、どのようにしたらこんな快活な男性になれるのだろうか、生き方を模倣することに軸足を置いた考え方で接していました。しかしながら、今回直接会った時、考え方の根底に「旅」がキーワードとして定着しつつあることを認識しました。

レポート記事の中にある通り、私とはじめさんにはまだ時間的にも健康に関する概念も、その考え方のプロセスについても、大きな隔たりがあります。いつか到着したい目的地にどうやったら一刻も早く到着できるのかを考えてしまっていたのかもしれません。すこし、目が覚めた気がします。旅の良さは自分が体験して味わう事にあることを再認識させていただきました。健康も、考え方も、超越的な概念も、若輩者の私なりに旅を通じて味わい、考えていきたいと思いました。

本当にアデレードに来てくださり、ありがとうございました。

このように、初回の交流を基礎に、早くも相互認識の深まった効果が表れてきています。「旅」というキーワードです。

こうしたKさんからの反応に、私は、以下のような見解を表して、それに応えたいと思います。

人生という「旅」は、ともあれ相手が膨大すぎて、関心は多岐にわたります。そこでその人生全般への取り組みはいずれ時がその焦点をもたらしてくるはずです。そこで、喫緊の課題にちがいない、あなたが医療プロとして国際的なキャリアを積み始めた点に焦点を絞ります。

ただ、絞るといっても、それは実利主義を取るということではなく、十年、二十年先を見据えた、長期的トレンドをどうつかむかということです。

それはこれからの世界は、「東洋の時代」を迎えるということです。

ことに私たちが日本人であり、かつ東洋人であり、しかもすでの国際的な足掛かりを確保し、それを土台に活躍してゆこうとしているのですから、身をもって知る「東洋」と、“敵陣”に乗り込んでいるかの「西洋」とを、何としてでも融合させてゆくことが究極のポイントかと思います。

ウクライナ戦争や、中国のアグレッシブな世界進出にからみ、東西新冷戦などとの話も上がっていますが、それと真逆の視点です。

そうした「東西融合」の方向ですが、それを科学や医学の最新での発展分野に面白い議論が見られます。過日、カナダで鍼灸師をしている友人から紹介された、以下の論文です。

武本 要著「ニューノーマルへ、自然・生命からの示唆;アフターコロナ時代に求められる知のかたち

この記事の最終ページに、こういうくだりがあります。

「今,再び注目されているリベラル・アーツも,自分自身の時間軸を得るための術と言えます。リベラル・アーツとは,「自由になる技」という意味であり,単に知識を詰め込んだだけでは意味がありません。自らのうちに時間軸を持ちながら,知識を再編成していく必要がある。」

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