「四分の三プロジェクト」への〈下ごしらえメモ〉

まだ試行錯誤段階なのだが、「四分の三プロジェクト」への“食材”が出そろい始めている。その25年間を満たすはずのコンテンツのいろいろである。

すでに述べたように、「健康観」から「人生観」への移動過程を終えて「プラスアルファ」を見出し、まがりなりにもこの生命装置の正常運転に入っている。

むろん、いつ、予期せぬ異常が発生し、この正常運転が狂いだすか予断は許せない――現にPSA値の高さの要注意信号が出ている――のだが、運転としては、以下がその大要となるはずだ。

外見と内実

それには、外見と内実とに大別できる主要使命がある。

「外見」とは、その「命のオペレーション」との社会的位置付けである。

すなわち、日野原式の言い方をすれば、「新老人」としての生き方である。彼の言葉を借りれば、「若い人たちから、将来、ああゆう老人になりたい」、と受け止められるに足るローモデルである。

「内実」とは、これがコンテンツの主要部なので、ひとつのセクションにしてそれを述べる。

この先「四分の一」の中身

その「内実」は、その25年にわたる時空間を埋めるものである。

1.生命のいつくしみ

これは、まさに人生の「二周目目視野」というもので、具体的には、孫世代のかわいさとか、息子娘世代の美しさとかという、生命のもつ尊さへの率直な一種エロティシズムに支えられた感覚である。

それは言い換えれば、一周目が「現役の生殖担当者」であったということで、その時期を終わらせた、ある意味の寂しさであり、逆にその危ない衝動の時期を抜けた後の落ち着き感でもある。

そういう動と静の組み合わさった統合された視野である。

2.自己関心域

これは、上のような人生一般の意味とは違った、私独自の、私ならではの視野である。

その中心は、「自然との交信」とも呼べる、たとえば、運動後の爽快感、あるいは、山に入った時の高揚感、そしてそもそも、それらすべてを感じている「オペレーター」としての自意識である。

されにこれは、それがどこからやってきているのかという、ある意味では理論的な、「宇宙」という世界への視野である。そしてこれはこれで、以下のように、独立した分野へと発展する。

3.宇宙摂理の探究

その独立分野として、「宇宙摂理」と呼ぶ世界の探究である。

これは他方、それこそ科学の重要な一分野として、その方面からの探究が進められている。

そうした科学としての宇宙とも合わせながら、自分の抱く「宇宙観」についても、重視してゆく。

4.「越境」という誕生

そうして、自分の「宇宙観」には、いわゆる「来世」として受け止められている、死後世界への視野を含む。

そして、この「四分の一」が終わりをとげるその際の《越境》について、これまた避けられぬ探究が求められる。

この視点については、何か、膨大な想像力というか、創作力というか、何やら新たな道具を必要とする予感がある。そのうち、きっと何かがやってくるにちがいない。

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