「四分の三プロジェクト」の突破口

先に《「四分の三プロジェクト」への〈下ごしらえメモ〉》を書き、いよいよ、このプロジェクトの「始動近し」の気配を表わしました。しかしまだ、そこに一点、最後まで留保を置いている箇所があって、起動を踏み切れないでいました。それが最近、思い掛けないことから言わば〈友軍〉と遭遇し、その最後の曇りが「やはりそうだったかと」、晴らされることとなりました。

そうしたその「最後の留保」とは、二重の引っ掛かりを伴ったもので、一つは、「灯台下暗し」とも言える盲点と、他は、「身びいき」を戒める抑制でありました。

すなわち、それは私自身の身近にずっと関わって存在してきたもので、あたかも、「灯台下暗し」な「日常的なことが切り札だった」との再認識で浮上してきた、鍼や灸といった「日本伝統医学」(「西洋医学」との対比的には「東洋医学」)の有効性です。そんな身近過ぎる領域であるだけに、「ほんとにこれでいいのか」との自己抑制が働いていたのでした。

これを「四分の三プロジェクト」の絡みで言えば、これまで私が継続して着目してきた〈科学と非科学の境界域〉にある「古くて新しい」分野への「温故知新」です。

もう少し説明を加えると、兄弟サイト『両生歩き』では、その“非科学的”領域を「霊理」とか「霊性」とかとともかく名を付けて、対象としてのその存在を明確に標的化してきています。

そうした試みを、「理論人間生命学」――人間を「理論」という抽象/論理性と、「生命」という具体/体験性の両面から捉える――といった包括的な領域を設定し、科学から執拗に排除され、あたかも日陰となっているその領域に光を当てる一方、むしろ排除とは逆に、科学の最先端分野とも言うべき量子理論の概念である「非局地性」を牽強付会にも用いて、その従来の概念では捉え切れないものを、同類の概念で包摂しようとしてきました。

他方、少々私的経験に触れておくと、過去、私も自分でそれを避けられずに体験することとなったのが、いわゆる西洋医学が主体となって組み立てられている現行医療制度の中で遭遇した問題――例えば、自分の病的状態の認識のギャップや、あるいは身内の病苦は確かなのにその医療がそれを汲み上げられず、かえってその苦痛を深めてしまうといった問題――において、その多くの場合で、少なくともその目下の窮地を救う治療法を提供してくれていたのが、鍼灸とか漢方薬といった、いわゆる「東洋医学」、より正確には「日本伝統医学」であった、という体験的事実があります。

ただ、そうした体験の累積がありながら、上記の「最後の留保」に加え、こうした身近な事情をはるかに凌駕する、近代日本をおおった西洋文明崇拝の潮流、さらには、太平洋戦争での降伏による米国支配への無条件追従が、日本の伝統的文化や知恵を劣等視する価値観を行き渡らせ、私自身もそれに巻き込まれてきた経緯があります。

つまり、このあたかも自分の足下の宝物を、それへの気付きの入り口にまでは幾度も来ていながら、それ以上の進展ができないできていました。私の場合では、それが数十年にもわたっていたわけです。

それが最近、半ば偶然半ば必然に、そのように私の目に張り付いたウロコをはがしてくれる体験に出会うことができました。それは、旧友――それぞれ違う道を歩んできた同士が数十年ぶりに交友を復活――を通じて、『北米東洋医学誌』(NAJOM)の28年間にわたるバックナンバーをすべて閲覧できる機会の提供を受け、その全コンテンツに触れえたことでした。

この機関誌は、北米を中心に活躍している東洋医学の実践家をメンバーとする専門分野の日英バイリンガル誌で、まさに、西洋医学の物的現象中心の世界観もとづく欠陥を埋め、身体のもつ非物質的な働き――それを「気」と呼ぶ――をも含めた総体的な病気治療や予防さらには健康保持の知見を広めているものです。

この機関誌の創刊の巻頭言で、発行者(この旧友)はこう述べています。

 東洋を陰とし、北米を陽とする、陰陽の気が相互扶助して、この機関誌が誕生したのだ。
地陰と天陽に加えて、ここに40名の北米人が会して、天人地の三才となった。
 『北米東洋医学誌』と言っても、私たちのなかには、東洋も西洋も、北も南もない。
 あるのは、陰陽のバランスのとれた、健康な身体を作り上げ、健康的な社会の礎を作りあげるために、この機関誌があるという事実です。

当誌は当然、その発行の趣旨から、専門家同士の情報交流を優先しており、私のような門外漢には、宝の持ち腐れの内容が大半です。

しかし私は、その全84号の総目次を通覧、特に関心を引く諸記事に目を通して、自分があたためてきた仮説への例証を発見するとともに、自分がこれまで留保していた一線の突破を助ける〈友軍〉を得た感慨でいます。

さらに、同誌のバックナンバーの中に、私は、自分の組み立てつつある理論的枠組みとほぼ同等の視界を展開した論文も発見しています。それは、「気の思想と科学とはどのような関係にあるか――伝統鍼灸大学の構想に向けて――」〔Vol. 10&11, No. 29&30 (Nov. 2003&Mar. 2004〕と題したもので、すでに故人となられた当時九州国際大学石田秀美教授の著によるものです。

ことにこの論文は、実際の治療実践者による記事とは違って、この分野を思想体系として研究する学者によるもので、私のような立場にある者には、その分野の全体像とその世界的意義をつかむためには最適の記事となっています。

たとえば、同教授は、日本の伝統医学を「西洋医学」のもつ本質的欠陥をただす「カウンター・メディスン」との位置付けをもって、鍼灸医学の骨格を成す「気の理論」の学術的重要性を指摘し、副題のように、その充実と発展を期す「伝統鍼灸大学」の設立を――臨床事例の蓄積にとどまらずその体系化を進めよと――提唱しています。

つまり、私が「留保」して最後の一歩を越えられなかった“非科学的”領域を、「気の思想は物質科学の認識範囲外であることを宣言」し、「気とは物質科学では認識できない何か」を扱う立場とすることにより、「人間については物質主義」では貫徹できないがゆえに、その認識できないものを、体験知や暗黙知として習熟によって学び、それをパターン化する「認知の理論」が必要と説いています。

さらに、ここで言う「体験知や暗黙知として習熟」するとは、私が人生実践を「実験」と位置付けて行ってきている行為が、対象相手の違い――片やは施術師として患者に対し、片やは自分が自分を対象にする――はあるものの、その働きの意味は同質同次元のものです。

むろん、私の立場は、東洋医学の実践ではなく、自人生、あるいは個々の人生の理解を深める道具としての「理論人間生命学」を組み立てることにあります。

その意味では、「理論人間生命学」は扱い対象としてより総体的ですが、こうした東洋医学/日本伝統医学の知見を、私の構想におけるこれまでの「留保」を解き、もはや仮説の域をこえた実用も可能な人間知識として、その全体性を固めつつ、採り上げたいと考えるに至っています。

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