第6部 結 語

 

本「理論人間生命学」は、以上のように、書き下ろし式に進める記述方式のため、体系的にはまとまりに難のある進行であったことは認めつつ、なんとかこの結論章にまで到達することができました。

ことに、前章で力説したように、空海を例として、日本の文化的、思想的伝統が、今日の先端科学の成果に匹敵する視界を、何と千二百年も昔に切り開いていたことに、驚きとともに、自分が親しんできた伝統がいかなるものであったのかついても、じつに力強い印象をもって再認識するに至っています。

それと同時に、こうした結論が切り開くもうひとつの視界は、これまで私が漠然として提示し、予感してきた「越境体験」のもつ意味とその内実を、自分にとってに限らず、一般的にも現実的にも、言葉の真の意味での宗教的問いについての、ひとつの解を見出せることができたとも捉えています。

こうしたこの世とあの世に架橋する“ニューサイエンス”な成果は、本理論人間生命学の議論のまさに成果と言えるものです。

 

期待される、若い世代の未来的取り組み

私は最近、「老若共闘」とか「老若コラボ」とかと呼んで、自分のほとんど孫の世代にあたる人たちと、意欲的な接触を続けてきています(「時空地球」参照)。それは、私の持論である、退職・年金生活期という人生の最も自由でハイライトな時期にこそ可能かつそれならではの“仕事”であり、さらに、老若というある種の時代的要請との意味も含めて、人生途上のサミットをなす取り組みであると考えています。

ことにこの「時空地球」という考えは、「旅」概念を変える新次元のそれに立つものであり、たとえば、同じ旅でも、もはや物理的あるいは地理的な旅を超えて、非物理的、すなわちメタな旅という域をめざしているものです。それはしたがって、人生ステージで言えば、時間的過去へ旅すれば若い世代との接触となるし、将来へと旅すれば「越境の旅」への旅立ちとなり、それらは、本「理論人間生命学」の考察のもたらした両方向の産物です。

そこでことに、この若い世代との接触について述べれば、近年、オーストラリアを訪れる若い日本人(いわゆる旅行者は除外)において、少なくとも私の接する限り、看護関係の仕事に携わる人たちが多く見られ、何やら一種の傾向を成しつつあるのではないかと気に留めていました。そういう今日的な特徴も手伝って、具体的なケースとしては、日本での看護師のキャリアを持っている人たちとの接触となっています。

当初、私は、オーストラリアにやってきているそうした看護関係の若い人たちの、その動機が何であるのか、それとなくは尋ね、また、自分の予断も含めて、おしなべて言えば、日本の看護関係職の労働の実情が問題含みで、職業としての将来性を欠くことに起因しているようだと受け取ってきていました。

つまり、そうしてオーストラリアにやってきた日本の看護職経験者は、労働の場としての日本に見切りをつけた脱日本志向の人たちと見ていたのです。ところが、それはどうやら、的外れではないものの、ひとつの見誤りを含んでいることがだんだん判ってきました。

すなわち、そうした日本の労働環境への不満足は確かながら、それへのネガティブな動機に駆られてというより、そういう日本の経験の上に立って、それに加えるさらなるキャリアを求めているという、極めてポジティブな動機を抱いた上のことであることが判ってきました。

あえて言えば、ご本人たちがそこまで実際に決意しているかどうかはともかくとしても、その日本で培った看護スキルは優れているとの確信に基づいて、少なくとも、日本と海外(オーストラリア)の両看護スキルの“いいとこ取り”を目指しているのは確かなようです。決して、片方を捨てて新たへと乗り換えるという姿勢でないことは間違いありません。ただ、それがまだ端緒についたばかりの模索中であり、はっきりとした筋道がまだ見えてきていないだけのようなのです。

そうした彼ら彼女らに、私は、持論を含む、まったく別の観点からではありますが、いわゆる西洋文明の行き詰まりと東洋文明の見直しの動向が世界的に存在し、将来の世界を展望した場合、東西融合の流れこそが本流になるとの見通しを挙げ、そうした融合したスキル構築の動機も方向も間違ってはいないと後押ししています。

想うに、私が若い時、時代の要請は物質的繁栄を築くこと一本であり、ことに私のような建設技術に携わる者にあっては、人間自体の問題は全くと言ってよいほど眼中にありませんでした。今から思えば、私が建設に直接に携わる仕事から、関係する労働組合の仕事――ことにその中でも安全衛生や機関紙発行の担当――へと移ったのも、物質的建設以上に、人間自体の問題がより重要との発見をそれなりにしていたからであったのでしょう。

それがいまや、看護師職という、それを志す非常にモチベーションの高い若者たち――昔は「白衣の天使」などと呼ばれた――は、そうした物質的繁栄が進む社会の中でも、傷つき、病んでいる人たちが少しも減っていない事態を憂慮しているわけです。そして、日本国内での十分なスキルを達成するに飽き足らず、さらに国際的にその場を広げようとしているのですから、まさに、時代が人間重視の時代へと変貌してきている、そうした時代における生き方の選択傾向がここに見られます。

以下は、現時点では私の大いに希望的観測であることは承知の上で述べるのですが、私は、彼ら彼女らの日本式医療の実経験、つまり、患者をただ部位的に病んだ症例と見るだけでなく、その人全体、あるいはその背後の家族関係(時には社会関係)にまで気を配って看護に当たる、しかもその治療技法も、分析的西洋医学に立つ方法から、東洋的な包括的な医学概念に立って行う方法にわたる、伝統にも立ったより広い視野での実践経験やそうした日常的視野を、きわめて重要な要素と見ます。

くわえて、日本の看護労働の個的献身至上主義のプラス面とマイナス面の両体験、そしてそうした実績を持って海外に飛び出し、いまやそのプラス面の海外普及――たとえそのほんのとば口にあると言えども――に取り組み始めているわけです。ゆえに私は、こうした彼ら彼女らが、海外の実践の場で新たな成果を達成して国際的な注目集めるのも、そう遠くない将来であると予見します。なぜなら、それをカバーするに足る考えやリーチに実際に立っており、かつ、それを日々実行しているわけですから。

以上、本議論を閉じるにあたって、現在、世界に見られるあたかも世界の終末的な事態の数々に対し、実に明るい見通しをこのように身近に抱ける事実が存在していることを確認できたことは、予想外の成果であるとともに、嬉しい未来との遭遇となりました。ほんの2年前、この議論への着手の当時に予想できたこととは比べものにならない、じつにセランディピティーな展開です。

 

《近量子生活》へ

以上をもってこの理論人間生命学の議論を終結し、そこで見出せた「局地」と「非局地」に架橋する視野を、今後はさらに、私のこの局地生活を題材に描いてゆきます。

その描写のキャンバスとなるのが、先に設置済みの《近量子生活》のサブサイトです。

想うに、空海は、大日如来を中核とした「非局地」のイメージを、立体曼荼羅として、京都東寺の講堂という「局地」に持ってきてそれを可視化しました。

ならば、その東寺の講堂に代わって、この《近量子生活》を用い、そこに、大日如来を始めとする仏像群に代わる、現代の量子理論が切り開く世界を情報化して提示することは可能でしょう。

いまやインターネットという技術は、少なくとも地理的距離をもはや事実上ゼロとすることを実現しています。その意味で、量子生活に一歩近づいているのは間違いありません。

空海は、私たちの生きる局地と、大日如来と呼ぶ非局地との間の無限の距離を旅するクラフト〔宇宙船〕に、仏像という芸術作品を用いました。

いまや私たちは、そうした仏像たちに代わるデジタル描写をクラフトとして、千二百年前の空海の夢を再現できるわけです。もはや使命は明らかです。

それではさっそく、《近量子生活》を開いてゆくことと致しましょう。

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