《越境》の日常化

かくして、私にとっての《越境》は、以上に述べたように思念的かつ実例的リアリティーを持ってきています。ゆえにそれは、もはや《越境》として、あえて非日常現象として特別扱いする対象ではなくなってきており、むしろそういう日常が始まっていると言えます。ただし、この「日常化」には、注記しておくことがあります。それはおおよそ、その「日常化」との言葉にはそぐわない、日常をあえて差異化するように、極めて非ルーティン的な取り組みで支えられるものです。 続きを読む

続・《越境》へのリアリティー

B 「移動」という客体的体験

以上は「見え方」という主体的体験に焦点を当てた考察でした。そこで次に、「移動」という客体的体験にもとづく見解です。

上で触れられていた「西洋と東洋の融合」の観点は、先では別の今日的断面において現在の世界の閉塞を克服する観点として取り上げました。しかしこの「《越境》観の展望」の第二の議論では、地理的あるいは空間的〈移動〉という客体的体験の面を取り上げます。 続きを読む

《越境》へのリアリティー

本サイト『フィラース Philearth』は、HPのメニューの「ホーム」にあるように、兄弟サイト『両生歩き』の主テーマを引き継ぎ、人生における「移動」の意味を、最も広い次元にまで広げようとするものです。

そのこころみの中で、これまで、「理論人間生命学」として、その理論的考察を追究してきました。そして、その到達点が科学と宗教に両属する領域における量子理論の役割と可能性です。それをこの「 続きを読む

3. 未来に見るポータル

まずお詫びですが、この10月、11月と海外に出ていたために(その関連記事は「両生歩き」サイトをご覧ください)、本欄の執筆がとどこおり、この「近量子生活」サブサイトの記事についても、「1. 過去」「2. 現在」との二回は終えていますが、その「3. 未来」については、後回しとなっていました。読者の皆様には深くお詫び申し上げます。



3.1 「越境」への展望

筆者はことし76歳で、お役所用語で言えば「後期高齢者」に入って2年目を迎えています。その意味で、その「未来」とはきわめて限定されたものに違いありません。 続きを読む

2. 現在に見るポータル

 

2.1 アバターという「胎児」

まず切り出しに、きわめて“空想度”の高い話から始めます。それは、この「現在」という時期をこの十年間ほどとして、そこで生じた自分の世界観を動かした出来事――5年前に体験した臨死体験――を契機とした、実に“現生離れ”した、そういう意味で“空想度”の高い話です。

先に兄弟サイト『両生歩き』で、十年前のシリーズ記事「老いへの一歩」へのこれまでの閲読データを分析した記事「 続きを読む

1. 過去へのポータル


ポータル(玄関口)を通って「過去」へと入って行く世界は、実務的には、子供時代からの記憶の掘り起こしです。

そうした遠い昔の思い出は、ほんの十数年前までは、〈他愛もない子供心の世界〉と、さほどに気にも留めていない、それこそ些細な事象でした。

それが、量子理論に接し、その難解な世界解釈を自分なりに作り上げる中で、例えば「局地」と「非局地」という、実に耳慣れない用語をもってものごとを捉えられるようになり、それが、一連の過去の思い出を根こそぎに見直すきっかけとなりました。 続きを読む