量子理論の適用

量子理論へのインターフェイス

前回、理論人間生命学のパラダイムについて述べました。そしてその最後に、今後の発展の方向として、「量子理論」座標が必要と展望し、そのための道具立てとして図―6を提示しました。

ここで図―6を再掲すると、この赤線で示した新たな座標についてですが、前回で述べたように、この座標は複素数を座標化した「複素数平面」です。じつは、この複素数とは、数学上の“技巧”である《虚数》をもとに発達した概念でありながら、それが、自然の摂理を理解するきわめて有力な道具となってきているのです。それをあえてセンセーショナルに言えば、偶然に発見した石ころが、実は、金塊であったとでも言えるほどの大飛躍な意味を含んでいたのです。

ところで、そういう「複素数平面」の誕生には、虚数(記号では「i」で示す)という数学的技巧がカギとなっています。この虚数の登場が、未知の次元の理解(「宇宙の言語」とさえ言われている)の突破口となり、今日の先端物理学の道具となっています。(なお、こうした虚数に関する私の“我田引水”な議論については、別記事「『虚数』という異次元へのポータル」を参照してください。)

図―6

そうした数学や物理学上の専門的意味を説明するのは、むろん私の手に余るばかりでなく、かえって、「木を見て森が見えなくなる」恐れも伴います。そこで、その「森」から目を離さないため、あえて短絡した方途をとり、この「複素数平面」を一種の道具のように扱おうと思います。

つまりそれを道具にすることとは、ラグビーボール状に示すことで感覚的に身近化した「理論人間生命学」と、従来の科学の枠組みを根底的に変えつつある「量子理論」とを結びつけるインターフェイス(境界面)として、それを働かそうとの考えです。

この「インターフェイス」は、別の角度から言えば、私たちの命や健康を、もう古典的なパラダイムで考えることから脱出し、新たな次元を取り入れるための窓口つまりウインドウであるということです。先に「ワープしよう」との第2原則を述べましたが、そのワープへの入り口が、この「インターフェイス」であるとも言えます。

また、前回で触れましたが、生命現象とは、「オートポイエーシス」とも称される《自己創出》現象であり、その謎をめぐって、「量子理論」が、新たな解明のヒントを提供しはじめています。

ちなみに、この「オートポイエーシス」あるいは《自己創出》とは、たとえば、私たちが指を怪我した場合、数日もすれば傷は自然に元通りに直ります。しかし、自動車が壊れてしまった場合、何日たってもそれは自然には直りません。この自分で直るということが「オートポイエーシス」あるいは《自己創出》ということです。

そういう生命のもつ未解明な能力に焦点を当て、ことに、私たちの命や健康について、その謎を解く新たな理論的枠組みを期待しようというのが、図―6に赤線で示した座標、つまり「複素数平面」です。

「複素数平面」とは何か

昔、たしか高校の数学で習った時の「複素数平面」とは、まるで無味乾燥この上もないもので、何の興味も湧かされなかった記憶があります。しかしいま、ここにある「複素数平面」は、上記の《自己創出》への理論的手掛かりを与える、実に興味深い手法です。今更ながらですが、大きな食欲を起こされています。

つまりその食欲とは、専門的議論の結論的な認識――むろん一般向けではありませんが――となっている「虚数の世界の実在」です。「虚」が反転して「実」となっているのです。言うなれば、人類が「虚」と考えてきたものが、限られた視野や認識でしかなかったとの証明でもあります。言うなれば、この常識の線を崩す発展に、この「複素数平面」寄与するのです。

こうして、数学や物理学という専門分野では確立してきている「虚実が逆転」する認識なのですが、本「理論人間生命学」では、その認識の恩恵に、私たち素人もあずかろうとするものです。つまり、私たちの生命とは本来、そういう「虚実が逆転」することもありうる世界であったのではないか、と構想するものです。そこで、自らを実験台において、上記の《自己創出》の仕組みを解く鍵を、自分で試してみようとの発想です。

「ラグビーボール」から「雲状ボール」へ

そこで、この「複素数平面」を「インターフェイス」として、その「虚実が逆転」する世界に足を踏み入れて見ましょう。

さて、目下の焦点のラグビーボールですが、実は、そういう表現自体は、いわばたとえであって正確な表現ではありません。そこで、より真実に近づかせたものを用意します。それが、図―7です。(なお、図―7では、議論を簡明にするため、図―6の「空色の座標」は省いてあります。)

―7

図―7では、図―6の「ラグビーボール」が、ぼやっとした「雲状ボール」に変わっています。この図―6図―7との違いこそが、古典理論と量子理論の違いを、視覚的に図示したものです。

つまり、古典的な物理学では、ある物体を表示する時、初期の位置からの時間とその物体の速度を特定すれば、その物体の次の位置が確定できました。それが、量子理論では、図―7のように「雲」としてしか表示できないのです。つまり、その位置を特定しようとすると、波動として、つまり振動しているものとしてしか、表せないのです。(より正確には、それは「波動関数」で表される、時間に伴って変動する存在なのです。)

そこで「量子理論」では、この「雲状ボール」のことを「量子の雲」と呼びます。この、「雲」としてしか表現できない、というところが量子理論の核心であり、新たに発見された、物体の在り方です。

それをあえて言葉で表現すれば、ピンクと薄緑の二つの交差平面からなる三次元空間つまり《古い認識空間》に、「ラグビーボール」として表示されていた事柄は、赤色で示す複素数平面つまり《新しい認識空間》における雲状ボールから振り返って見れば、そのように(知らなかったからとはいえ)“限定していたもの”だった、ということとなります。

そこで、そうであるならば、その《新しい認識空間》においては、これまでの「ラグビーボール」とは、いったい何であったのか、ということとなります。

そこで、ひとつのヒントが立ち上がってきます。前回に、本「理論人間生命学」のパラダイムを考えた時、健康をその「有る無し」ではなく、直線上の変化として捉えました。そうした多様に変化するものとしての健康です。つまり、「生命」というものは、そのように、変化するもの、あるいは、「波動関数」として捉えられるべきもの、であるのではないかというものです。

次回ではこれを、その《新しい認識空間》へといっそう踏み込んで、見て行きたいと思います。

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