第2章 「人生学」とは

前章をさらに進めて、「人生学」を以下のように定義します。

人生学とは、私たちの人生全体を対象とした、人生体験を実験と捉え、その体験を、長い時間と多数の事例をベースにデータ収集し、それを分析、体系化する科学です。

そして、この人生学を「非科学な科学」というのは、従来の科学が、人生といったようないかにも煩雑な出来事を実験とはみなさず、その対象から排除してきたからです。そのような「非科学な対象」を科学と見なすことによります。

しかし、人生を実験と見直し、人生を見たり感じたりすることを観察として再認識する時、そこにさまざまな因果関係が見えてくるはずです。

ただ問題は、人生という極めて複雑かつ多様な事柄は、実験と見ようとしても、その実験作業は従来の科学の言う厳密に管理された実験環境下で行われるものではありません。それと比べると、その管理レベルは比べものにならず、特定要因を取り出してくることすら、容易ではありません。

しかし、ここに、人生分野がそのように非科学とみなされ排除される壁を突破する、二つの可能性があります。

そのひとつは、人生現象を形成する単位である個々の人間の気付きによる、自己観察力です。従来、この自己観察力に相当するものは、ただの主観的な印象や情緒として、科学的方法との役目は与えられず、無整理なままに放置されてきました。しかし、それを個々の人々が、人生学という視点と根拠をもって、あらたに鍛えられた観察眼を通して取り上げる時、従来の未整理な出来事も、個々の客観的データへと変貌することが可能となります。

その二つ目は、現在、急速に発達を遂げている人工知能(AI)が切り開く可能性です。ことに今後、量子コンピュータの開発により、上記のような観察眼をもって取り出され蓄積された膨大なデータをもとに、そこに潜む相互の因果関係が、飛躍的に発見されてゆく可能性が期待されます。

このように、従来の科学が普遍性、客観性、論理性の三規範をもって、自らの枠組みを形成する一方、その枠組みがゆえの排除の働きが避けられない時、人生学は、上記のように、人間性の全体をカバーでき、かつ、包含する機能をもった体系として、《非科学な科学》たる新規な有効性を発揮できるものと考えられます。

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