1.3 「換金」という罠

私たちは、健康を「病気でないこと」とか「無くして覚る有り難さ」とかと、とかく二重否定の受け身的視点で捉えがちです。ですが、それは健康との取り組みのほんの序の口に過ぎないと、繰り返し述べてきました。

さらに、本「理論人間生命学」においては、その健康を生命現象の一環として捉えることで、生命の在り方と結びつけて捉えようとするものです。

そうした見地から、既述の二節では、生命の在り方を、①「自分を実験台」にする体験、②科学理論の取り入れ、という二面のアプローチより、私たちが採用可能な実践的方法として提起してきました。 続きを読む

1.2「架橋」を通じた多次元の包摂

「生物学研究者による観察」との想定

前節(「三重邂逅」を体験して)では、自分が制作した情報により、後年、自分が自分に遭遇するという、あたかもタイムスリップしたかの体験を述べ、それが単に個的な偶然事には留まらないとの見解を表しました。そこで、この見解を検証するため、ここに、ある想定をしてそれに臨みます。

その想定とは、私が一人の生物学研究者であるというものです。

ただ、この生物学研究者は典型的ではなく、その研究対象を広く生物各種に置くのではなく、人間という特殊な生物種に絞るとするものです。 続きを読む

私って自分の孫だった

「地球女子K」さん、22日の記事、読みました?

その結果、半世紀後に到達したのが「三重邂逅」だったんです。

そうなんです、私って、“自分の孫”だったんです。

まるで、人間「入れ子細工」みたいな話ですが、じいさんが孫から元気をもらうように、「三重邂逅」って、まさにそういう体験なんです。

あなたは、私から見れば孫くらいで、それこそいま、自分の「ノート」を書いている世代でしょう。 続きを読む

1.1「三重邂逅」を体験して

本サイトの兄弟サイト『両生歩き』に、「相互邂逅」と題した、私の言わば「半自伝」があります。

それは、私が十代半ば以来書き残してきた数十冊のノートを、還暦をきっかけに再読した体験にまつわる、自人生の振り返りの記録です。つまり、十数年前、私はその「半自伝」風の回想記を書きながら、その古きノートに全精魂を傾けて表わされている40年ほども昔の自分――もしその再読がなかったら、そのかつての自分は、おそらく記憶の中の遠いかなたに消えかかっていたでしょう――と、その本人がそのまま、今ここにそう息づいているかのように、まさにリアルに再会していたのでした。 続きを読む

私を“生体実験”する

「実験台としての私」とのテーマの記事を兄弟サイトの10月22日号に掲載します。

そのように、自分を「実験台」としつづける覚悟ができたところで、「セルフ生殖社会」のメンバーの資格ができたのかも、と考えています。

四分の三プロジェクト」などと、この先の「四分の一」に取り組むジイさんが、「生殖」うんぬんなどとは普通の話ではないでしょう。

というのは、残り「四分の一」後に間違いなく到達する“境界”について、それを「 続きを読む

ユートピア地球

先に「バーチャル地球」という考えを提示して、それが人類のこれからの生存環境となってゆく事実上の地球という意味で、「バーチャル」と呼びました。

そして、「バーチャル地球」を、「局地」「移動」「理論」という3軸からなる3次元空間としてそれを定義しました。ただ、この定義には、その発展過程を「直思考」と呼んで論理的には意味をなしていても、感覚として飲み込みにくい嫌いがあります。 続きを読む

極得プラットフォーム

なんだか「テレワーク」って、コロナの感染広がりをいいことに、へずった通勤時間も勤務時間って感じ。それに、仕事減で給料削られ、テレ機器類も自己負担なら、マジでブラック化。おまけに、会社側は、オフィスさえも減らせるっていうんでしょ。

中には、田舎に家を見つけてごそっと引っ越して、完全テレ仕事に切り替えた人もいる。仕事と田舎暮らしが両立したって、けっこう満足してるみたい。 続きを読む

あるエイリアンからの投稿

乗り合わせたUFOが地球近くを通りかかった際、傍受した地球の諸通信から偶然、貴サイトの「セルフ生殖社会」というタイトルを見つけた。

私は地球人ではなく、まして、地球人の生殖方法であるという男女による両性生殖というものを知らない。私の星の人間の生殖は、単身で行う「セルフ生殖」だが、地球からそんな同名のタイトルが発信されているのをキャッチし、驚くと同時に大いに興味を掻き立てられて、この投稿を書いている。 続きを読む

新部門《セルフ生殖社会》を設置

本サイトではすでに、「バーチャル地球」とか「バーチャル人間」とかという視野を用いて、自分を、物的な生存条件に100パーセントコミットする自己像からの分別をこころみてきています。つまり、その物的土台の充足は不可欠としても、それに終わらず、その基礎の上にどのような選択自己像を描くのかというテーマの追求です。

人間にとっての有性生殖は、もはや縦横に語りかつ体験し尽くされたとも言え、さらには、その目先の豊満に引きずられ、肥大化した迷路で自閉しているとの表現も可能でしょう。そしてゆえに、その物語を早々と卒業し、他の人生に別次元での生殖を志す人たちも少なくないはずです。 続きを読む