第2章 物質から情報へ
生命を「物質」として理解する時代は、静かに終わりを迎えつつある。
細胞、臓器、DNA――それらは生命の“器”にすぎず、
生命の本質はむしろ、そこを流れる 情報 にある。
この視点を決定的にしたのが、2020年以降のコロナ現象だった。
ウイルスは、物質としては極小でありながら、
世界を揺るがすほどの影響力を持った。
その力の源は、物質ではなく 情報の構造 にある。
ウイルスは、数行のコードのような情報体である。 続きを読む

人生3周目へ向けて、いよいよそのグランド構想が姿を現した。その最初は過去の働きを体系化した「私風人間生命論」である。
生命を「物質」として理解する時代は、静かに終わりを迎えつつある。
細胞、臓器、DNA――それらは生命の“器”にすぎず、
生命の本質はむしろ、そこを流れる 情報 にある。
この視点を決定的にしたのが、2020年以降のコロナ現象だった。
ウイルスは、物質としては極小でありながら、
世界を揺るがすほどの影響力を持った。
その力の源は、物質ではなく 情報の構造 にある。
ウイルスは、数行のコードのような情報体である。 続きを読む
第1章 生命創造性(Life Creativity)
生命とは、ただ生き延びるための仕組みではない。
生命とは、つねに自らを創り続ける“創造装置”である。
この視点を受け入れた瞬間、私たちの自己像は大きく変わる。
私たちはしばしば、生命を「与えられたもの」として受け取る。
生まれ、育ち、老い、死ぬ――その流れの中で、
自分の人生は外部の条件に左右される受動的な存在だと考えがちだ。 続きを読む
生命とは、ただ生き延びるための仕組みではない。
生命とは、つねに自らを創り続ける“創造装置”である。
この視点を受け入れた瞬間、私たちの自己像は大きく変わる。
私たちはしばしば、生命を「与えられたもの」として受け取る。
生まれ、育ち、老い、死ぬ――その流れの中で、
自分の人生は外部の条件に左右される受動的な存在だと考えがちだ。
しかし、生命を注意深く観察すると、
そこには“受動”ではなく“能動”の原理が働いていることが見えてくる。 続きを読む
私たちの人生は、いつも後になってから、その意味が静かに姿を現す。
そのとき初めて、過去の出来事が一本の線としてつながり、
「私はどこから来て、どこへ向かっているのか」という問いが、
自分自身の声として聞こえてくる。
私にとって、その問いが本格的に立ち上がったのは、
十代から書き続けてきたノートを、還暦を迎えたある日、
ふと読み返したときだった。
そこには、忘れ去ったはずの若い自分が、 続きを読む
私は、今年8月20日の80歳の誕生日を境に、それ以降を「人生3周目」と呼び、それを二つの意味で、自分の生涯の〈最終ステージ〉――時間的最終と思想的最終――と位置づけようとしています。
第一の意味の〈時間的最終ステージ〉とは、いわゆる平均寿命――日本人男では81歳――を念頭に、時間的経緯としてのその最終段階です。
私はこれまで、自人生の還暦までを「1周目」、その後の20年間を「2周目」と区切ってきました。そしてその二つの人生ステージを土台に、こうして迎える次のステージが「3周目」です。言うなればこの「3周目」の人生期とは“寿命後人生期”とも言え、あたかも天与の奇遇のようなその時期を、いよいよ到来する、生命の本質を探求する機会にしたいとするものです。 続きを読む
今月は「日平均訪問者数」(赤線)が1月の571人から674人へと、ほぼ100人増加しました。
このように、「日平均訪問者数」に明瞭な伸びはありながら、各部門を個別に見ると、全般にやや減少の傾向があります。
まず、「その他」(紫点線)つまり毎月の本分析レポートへのアクセスが大きく下がっています。
その一方、「総ヒット数」(赤二重線)は先月からほぼ横ばいで、引き続きアクセス全体量の高い水準は維持されています。 続きを読む
MaHa 久々だね、私と君との対話は。前回の〈5.03 「未必の必然」という“感”動的原理〉は昨年12月26日付だったから、一か月半ぶり。
相棒 そんな久々なところに何ですか、いきなり、この〈大詰めにきた「MaHaと僕のシェアーライフ」〉ってタイトルは。
MaHa うん、この一か月半の空白が何だったかだが、そこでわれわれの置かれている“設定”に、大きな変化が起こり始めているってことなんだ。 続きを読む
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