物質と非物質への両属性
この第3部の「移動」すなわち創造性の源の原理をめぐる議論を終結するにあたって、その原理に直結する、健康ことに〈身体と精神の一体化をめぐる健康観〉が、世界では今日までどのように展開されてきているのか、その前世紀後半からの動向をまとめ、あわせて、その潮流における、本「理論人間生命学」のポジションを明確にしておきたいと思います。
この半世紀ほどの流れには、二つの主潮流があります。そのひとつは、前節の最後に「東洋的旅」と「西洋的旅」の違いという視点を置いたように、東西融合の流れです。この東西という地球上での「移動」は、物理的にはすでに飽和状態に達しており、過去の際立った違いに寄与してきた東西という、その地理的な発生原理は、もう時代遅れのものとなりつつあります。
二つの主潮流の第二は、健康観のゴールを、ことに個的な「癒し」、言い換えれば、心理的平安に結論を求めるポピュラーな動向です。これはある意味で、科学の求める客観的なエビデンスより、個人の体験や感覚に基づく、「自分が感じるからそれが真実」とでも表現できる世界的な動向ですが、他方、非科学的動きとして批判もされています。
また、こうした二つの主潮流の中で、それを反映するかのように、その科学自体も進化を遂げてきています。すなわち、従来の科学的原則における一種の狭さや見落としを足掛かりに、従来の科学での辺縁的分野への注目が広がっています。その典型が、20世紀初頭の、量子力学を嚆矢として起こってきている「不確実性」との概念に始まる、極小――素粒子論――と極大――宇宙論――との結合です。
そのようなこの一世紀ほどの変化にあって、正常な生命活動である健康観においても、いわゆる「心」の問題を避けては通れない状況となっています。そうした心理や精神の領域への注目は、当初は、物的現象との関係をもって外的に議論されたものが、それでは汲み上げられないものとして、内的領域の採り上げへと内部拡大してきています。
それがこと医学や健康の分野にあっては、問題は単に細胞や臓器にとどまらず、意識や心理と結合されずには語れない問題であるとの認識――ホーリスティックな見方――が進んできています。ここに、いわゆる「心の問題」を扱う必要をもって、非物質的つまりメタ分野での議論が不可避となるにいたっています。
こうして起こってきたのが、いわゆる「ニューサイエンス」とよばれるメタ分野に広がる新潮流ですが、ここで論争となるのが、その物質的根拠のないメタ現象を、どこまで、科学として認めるかの問題です。その結果、20世紀後半の「ヒューマンサイエンス」と呼ばれる既成科学の境界を拡大する動向が広まります。そこにおいて、その動向の起点となったのが、東洋的な伝統に端を発する、従来の西洋発祥の科学には取り上げられてこなかった異分野です。
ことに、人間の現象への心の分野の採り上げとなると、そこにはおのずから、従来の取り上げからは排除されてきた超然的な現象――つまり、物証を欠く、ただそれを認めるか認めないかに委ねられる問題――も相手にせざるをえなくなります。
ことに近年においては、日頃の生活におけるストレスの健康におよぼす影響への注目から、あるいは、西洋医学の持つ細分化の弊害の認識から、身体現象と心的現象の結び付きに焦点があてられ、いわゆる「マインドフルネス」とか、「トランスパーソナル心理学」といった、意識や気付きの関与を体系化する分野が登場するにいたります(次の節では、そうした傾向の一例として、「ボディー・マインド・センタリング(BMCTM)」と呼ばれる実践プログラムを取り上げます)。
ここに、従来の科学的手法から見れば、客観的根拠やエビデンスを欠く、際限のないメタ領域拡大の流れを生み、それはそれで、ホットな論争の的ともなります。
その一方、従来の諸科学の中でも厳密な科学手法の牙城であった物理学の分野において、上にも触れた量子物理学という最新分野が芽吹き、ひとつの新焦点として、ミクロ(極小)とマクロ(極大)の両視界の結合を物理現象として説明する分野が定着してきます。つまり、物的現象と非物的現象に両属する、ある意味で、「モノと情報」が交錯し合う現象が科学分野に取り入れられてくる経緯となっています。
さらに、医学の根拠である生命科学の分野において、この「モノと情報」の境目をカバーする分野の実験的実証をもって、分子や遺伝子という情報体を扱う「情報生物学」という新領域が生まれ、近年、まさに最先端の病理学あるいは薬学の分野として、ことにコロナパンデミックに際しては、世界の注目を独り占めにする状況――例えばmRNAワクチン――ができてきています。
つまり、こうした最先端状況を概して言えば、物質と非物質の境目があやうやとなった、あるいは、そのどちらの性格を持った分野が実在するとの認識状況にいたってきています。いうなれば、これまで科学からは排除されてきた超然現象と言われるものも、こうした両属的な分野のひとつとしてとりあげ可能な時代を迎えていると言えます。
こうした科学が言わば生まれ代わっている流れの中で、本「理論人間生命学」は、、その人間の生命の問題、ひいては、健康の問題を、上に言う「両属性」をその核心において取り上げる体系を意図しています。
ことに、生命の長期的な変化という実験が難しい分野にあって、人間に生じる全人生上の体験的変化を、そうした科学的実験に相当する取り組みと見て、こうした「両義性」の新領域を、科学的対象とする観点を特徴としています。
個人的ゴールの到達点
以下に紹介するのは、アメリカに発祥し世界に広がっている、心身を結合した健康法の実践として普及している一教育プログラムです。
それは、上で触れた、「ボディー・マインド・センタリング(BMCTM)」と命名されているもので、子供時代からのダンスの長年の経験から、心身全体の健康状態を導き出す実践法を体系化したものです。
そのウエブサイトに無料で公開されているイントロダクションは、次のように述べています(原文は英語で、私の訳による)。
ボディ・マインド・センタリング® (BMCTM)という身体の動きと意識を一体化するアプローチは、 身体という生きいきと変化する世界への持続する、体験的な旅です。その探索者は私たちのマインド――思考、感覚、エネルギー、霊魂、そして精神――です。私たちは、この旅によって、マインドが身体を通してどのように表現されるかを理解するようになります。
(略)
ボディ・マインド・センタリング®の旅の重要な側面は、身体の中の最も小さなレベルの活動と、身体の最も大きな動きの関係を発見すること、つまり、内なる細胞の動きと外形での動きとを、空間表現を通して一致させることです。
これには、体内の様々な組織を特定し、識別し、区別し、統合することで、それらの組織が自分の動きに貢献する質を発見し、そして、その組織が心の表現に果たす役割を発見することです。
こうした取り組みが精巧であればあるほど、私たちはより効率的に機能し、意図を達成することができます。
ウエブサイト Bonnie Bainbridge Cohen – Body-Mind Centering® (bodymindcentering.com) より。
この「ボディ・マインド・センタリング」についての私の見解を述べておくと、このアプローチは、心身活動の結合に注目した総合的な試みとして注目されるものがあります。ただそれが開発され発展したのは1970年代からの30年間ほどで、上記の物質と非物質の両属性が取り上げられ始めた流れには、時代的なずれがあり、その意味での黎明性を否定できないところがあります。
ただし、その発展の経緯が、上記の変化をよく反映しており、それを表した実例として、ここに紹介いたします。
なお、このイントロダクションの邦訳全文は別掲してありますので、詳細についてはそれを参照してください。