「ボディ・マインド・センタリング」へのご案内

 

ボニー・ベインブリッジ・コーエン著

【注記】以下は別掲本文への参考資料として訳されたもので、英語原文の公的翻訳としての責任を負うものではありません。

ボディ・マインド・センタリング® (BMCTM)という身体の動きと意識を一体化するアプローチは、 身体という生きいきと変化する世界への持続する、体験的な旅です。その探索者は私たちのマインド――思考、感覚、エネルギー、霊魂、そして精神――です。私たちは、この旅によって、マインドが身体を通してどのように表現されるかを理解するようになります。 続きを読む

「老若コラボ」

6月初めのアデレードでの直接交流に続き、先日、オンラインでの交流会を持ちました。

そこでやり取りした話から得た印象を、今の私自身の取り組みと結びつけて言うと、私の「健康追究」とおそらくは同じ動機に基づき、たとえばRさんは、自分の〈ベストコンディションの引き出し方〉と要約できる姿勢をもって、いろいろな方法を取り入れてきているようです。

ことにそれに気付かされたのは、Rさんが、もう何年もヨガをやってきており、「それが自分をここまで導いてきた」、と話していたことでした(Rさんの経歴については 続きを読む

22年6月アデレード交流

対面接触の重要性

「時空トラベル」をめぐって、その準備作業の焦点として、健康維持への個人的取り組みがそれなりの成果を成してきています。そして、その成果が第三者からの関心を呼び始めています。

そのひとつが、私が高齢と健康を両立させていることに関し、それに注目する若い世代が現れてきています。彼らは、南オーストラリア州都アデレードで看護師を勤める三十代初めの男女お二人です。 続きを読む

《時空地球》とは

この『フィラース Philearth』内に、新たなページ《時空地球》を設置しました。それは、誰のものでもなく、国境もない、まして異常気候にも見舞われていない、私たち皆の《地球-観》です。

《時空地球》という旅先

というのは、私の「四分の三プロジェクト」に一定の前進があり、それが「時空トラベル」という考えに現れてきたがゆえです。

すなわち、旅は旅でも、非物理的な「時空」を行き交うトラベルです。そういうメタな移動こそ、今後の「四分の一」にふさわしい場と考えるものです。いうなれば、人生をおくるなかで、そこまで磨き上げてきた旅ということです。 続きを読む

3.2.2「氣」という包括概念

                                               

〈直観による飛躍的発展〉

先に議論の筋道を分岐してその前半を掲載しましたが、以下はその後者である〈直観による飛躍的発展〉の詳細です。そしてその「直観」が着目する「氣」についての議論を述べてゆきます。

 

世界を東西に分けるもの

前述した「東西の融合」へと至る「東西」の二元論を、一部その議論と重複させつつ、思考方式という観点から掘り下げてみます。

東洋の考え方の最大の特色とも言えるものは、西洋の「細分化」と対比を成すかのように、〈対象の全体像をまず描く〉こと――これは直観的な発想に拠るものと考えられる――が、広く認められることです。あたかも「初めに言葉ありき」の西洋に対し、「初めに全存在ありき」の東洋です。 続きを読む

3.2.1 究極の合流

読者へのコメント

この2カ月ほどの間、この理論人間生命学とその関連考察の記述が、一見、曲折した経路をたどっています。そこで読者の混迷を避けるため、ここで状況説明を入れておきたいと思います。

まずその記述の最後のものは、3月7日付の「3.1 理論と経験の結合」です。その後、本論からそれる形で、3月8日付で「『四分の三プロジェクト』への〈下ごしらえメモ〉」、そして3月28日付で「

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「四分の三プロジェクト」の突破口

先に《「四分の三プロジェクト」への〈下ごしらえメモ〉》を書き、いよいよ、このプロジェクトの「始動近し」の気配を表わしました。しかしまだ、そこに一点、最後まで留保を置いている箇所があって、起動を踏み切れないでいました。それが最近、思い掛けないことから言わば〈友軍〉と遭遇し、その最後の曇りが「やはりそうだったかと」、晴らされることとなりました。

そうしたその「最後の留保」とは、二重の引っ掛かりを伴ったもので、一つは、「灯台下暗し」とも言える盲点と、他は、「身びいき」を戒める抑制でありました。 続きを読む

「四分の三プロジェクト」への〈下ごしらえメモ〉

まだ試行錯誤段階なのだが、「四分の三プロジェクト」への“食材”が出そろい始めている。その25年間を満たすはずのコンテンツのいろいろである。

すでに述べたように、「健康観」から「人生観」への移動過程を終えて「プラスアルファ」を見出し、まがりなりにもこの生命装置の正常運転に入っている。

むろん、いつ、予期せぬ異常が発生し、この正常運転が狂いだすか予断は許せない――現にPSA値の高さの要注意信号が出ている――のだが、運転としては、以下がその大要となるはずだ。 続きを読む

3.1 理論と経験の結合

《経験的知見》からの合流

この「理論人間生命学」は、その名の通り、理論的な枠組みとアプローチをその開発の方法としてきましたが、他方、兄弟サイトの『両生歩き』において、それを経験的に、ことに「健康」――すなわち健やかな「生命」――というアプローチをへて、ひとつの達成を見ています。

むろんこれは、私的体験に基づいた視点ではありますが、理論という抽象性をその対極から補う具体性において、まぎれもない事実を提供しているものです。 続きを読む

2.3 「宗教」という独自領域

 

「宗教」と「超然現象」

私は、もしそれが何かと問われれば「無宗教」と答える、宗教について一線を引く部類の人間です。

浅い教養程度では、聖書や仏典の片りんくらいはかじった経験はありますが、教会やお寺に意図して通ったこともなく、日常生活で接する時折の布教への誘いも、無碍に断り続けてきています。また、家族関係において“葬式仏教徒”程度には伝統的しきたりには従ってきています。 続きを読む