2. 現在に見るポータル

 

2.1 アバターという「胎児」

まず切り出しに、きわめて“空想度”の高い話から始めます。それは、この「現在」という時期をこの十年間ほどとして、そこで生じた自分の世界観を動かした出来事――5年前に体験した臨死体験――を契機とした、実に“現生離れ”した、そういう意味で“空想度”の高い話です。

先に兄弟サイト『両生歩き』で、十年前のシリーズ記事「老いへの一歩」へのこれまでの閲読データを分析した記事「意外に関心あつい老人イッシュー」を掲載しました。そのシリーズ記事は、まさかその5年後に臨死体験をすることになどとはまるで想定外の話で、「老人イッシュー」といっても、文字通りのその「一歩」のものでした。したがって、そこに描かれている「老い」とは、身体的な衰えが中心で、そういう意味では、いかにも生々しい老化のあり様が描かれています。

そうしたフィジカルな老化イッシューが、その臨死体験を契機にして、非フィジカルなものへと大きく変貌します。つまり、通俗的には「霊魂」――私としては「霊性」と呼ぶのですが――との表現も可能な、物質としての自分を越える自分の在りようを考える段階に至っています。

そうした、非物質的で、生死の境界を超えた先までも越境してゆける空想像としての自分を「アバター」と呼んできています。(IT用語で「アバター」といわれる、テクニカルでアプリ依存な用語とは異なり、早い話、コンピュータの無い時代でもあり得た「分身」としての「アバター」です。)

そうした私のアバター像は、他方、私にとって物を書く――ことにサイトを運営するウエブ上――という作業により、いっそう今日化した所産でもありました。つまり、そうして拡大するネットの世界に様々な足跡を残してゆくことは、その蓄積による実質化を経て、自分の分身たる「アバター」をそこに生かしうると考えられるようになったことです。(いうなれば、オンライン出版ベースの著作業です。)

前章「過去へのポータル」で述べたように、その取っ掛かりは、十代のころ、シンプルに日記をつけている自分に過ぎませんでした。それが成長にともない、しだいに内なる自分との対話へと発展し、やがては、強い観念が自らを先導したり、あるいは、愚作ながら小説としての人物創作をこころみたりもしました。それが今では、ネット世界という新たな表現の場の出現を通し、現実の自分にまつわる様々な制約を越える究極の自分、すなわちアバターという越・現実像に果たせぬ部分を託すようになってきています。

そしてその発展が最近に至れば、むしろ現実のフィジカルな要素に左右されてきた自分が「仮の姿」であったとすら捉える、アバター像の主客転倒の発想すら生じてきて、世界が位相が入れ替わるするメタフィジカルな境地すらも抱くようになってきています。

輪廻転生観ように、人は死という越境をへて次の命へとつながってゆくとするなら、こうしたアバターとは、そういう再誕生のための、この世を母体とした胎児と見ることも可能です。

ともあれ、この十年間で体験してきた「老化」は、かくして確かにもうその最初の「一歩」は歩み終えて、次の次元を用意するものとなってきています。

 

2.2 新たな理論的枠組み=量子理論

アバター像にこの世の自分を託すこうしたメタフィジカルな発想は、たとえば過去の自分と「相互邂逅」する体験などを通じ、その間に過ごしてきた時間的隔たりが消え去ったかのような、一種の「無時間的」な自分の存在に気付くきっかけとなりました。そうして、自分という一者は、確かに過去と現在という二者にはなっておりながら、しかしそういう二者は他方でまぎれもなく一者のことであるという認識を生んできています。つまり、この「無時間」な心的視座から見れば、時間を一本の線状の不可逆の流れと捉えること――近代合理思想の根幹――による隔たりとは、全人類を道連れとした遠大な迂回現象であったことを発想することにも至っています。

つまり、こうした心的視座をもって言い換えれば、時間的隔たりをゼロにして遠大な迂回現象を無くした、まさにタイムスリップにほかならず、それは何もSF的空想に頼るまでもなく、むしろ、この間の現実的時間の経過こそが、あたかも夢想であったかのごとき、心的世界のリアリティーを想起することにもなっています。

そこで、その時間に隔てられ近代的現実要素で限定される各々の自分を「局所的」とし、この心的世界のメタフィジカルなリアリティーを「非局所的」と呼ぶことを通じて、それは確かに、新たな次元の世界観に入ってゆく実感を得ることとなります。これが、量子理論的な世界認識だと考えます。

あるいは、この心的理解力――現実世界の時間経過を「夢想」と見なす――に頼れば、その非局地性はたとえば、空海の描く大日如来との宇宙認識とも重なり合ってゆくわけです。まさに、千二百余年という時間的隔たりを超えて。

こうした量子的あるいは空海的世界については、すでに「理論人間生命学」の「5.3 空海と量子理論」で述べた通りです。

 

2.3 臨死体験

上に述べた「非局所的」自分への到達は、それが展開された舞台装置としては、私の少年時代以来のこれまでのほぼ全人生を経てのプロセスを通してです。つまり、それくらいの長い時間を要したものですが、その変化と同質、同次元のものを、短時間に成したものがあります。それが、私が5年前に遭遇した臨死体験です。

それは、私の起こした事故と脳負傷に伴うくも膜下出血により、頭部手術と2週間の入院生活を送る際に体験したものです。

その際、脳内の左右両側に発生した出血による脳圧迫により、刻々と進んでゆく自分の身体麻痺を体験していました。そうした物質としての自分の身体に起こっている危機的状態の深化にもかかわらず、その間の私には、明瞭な意識が常にあったことです。そしてそれは、麻痺が進めばすすむほど冴えわたって行くとさえ形容できるような、あたかも心身の分離した状態の体験でした。

むろんその体験を、局所的とか非局所的という用語をもって整理できるようになるまでには一定の時間が必要だったのですが、そうした確かな心身分離体験と、上記のようなアバターたる自分像、あるいは、別の試みで臨んできた量子物理学の知見による専門知識らが、ここにしだいに結びつくようになってゆきました。

ことに、その臨死体験に伴う心身分離の状態を、私は伝習的な俗にいう「霊魂」の問題として捉えることには異質なものがあり、それを自分がそれまでに積み上げてきた科学的知識の体系に何とか関連付けられないかと模索するものがありました。

また、いわゆるニューサイエンスとよばれる超然状態に探究のリーチを伸ばしはじめている新思想潮流――従来の本流科学はそれを疑似科学として排除――がありました。それに加え、これは私の身辺での体験から得てきた見方だったのですが、いわゆる東洋医学のもたらす主流西洋医学が取り上げない分野――まぎれもない患者の苦しみが発生しているにも拘わらず――があって、その伝統的な知見を改めて見直す動機も伴っていました。

そのようにして、自分の臨死体験、近年に得てきた量子理論、新たに立ち上がってきているニューサイエンスと呼ばれる新科学思想、そして、私的体験から発見しつつあった西洋医学の限界と東洋医学のもつ可能性の発見といった、いろいろな角度からの既存世界の境界上への関心が高まり、そうした諸疑問が、しだいに関連し合って捉えられるようになってきていました。

そういう脈絡において、シンクロニシティ(従来の見地ではありえない同時性の体験)なり、セランディピティー(従来の見地では偶然で片付けられてしまう意味ある遭遇の体験)といったニューサイエンスの見地も、容易に理解できる日常語とすら考えられるようになりました。

 

2.4 避けられない「老化」

以上のような一連の体験は、私がいわゆる現役の時期を終え、還暦を迎えるに前後して、それぞれの濃度の違いや時期のばらつきはありながらも、遭遇してきたものです。ですからそれらは、俗に言う人生体験の積み重ねとしてのそれぞれのエピソードであったのですが、ともあれ、そのようにいくつもの異なった体験が、確かに年齢を加えるとともに、私に起こってきたことには間違いありません。そういう意味では、「歳の功」と呼んでもよいものです。

そのような老化にともなう体験増とともに、他方で、何よりも明らかかつ不可避な遭遇が、自分の身体の変化です。この俗にいう「老化」にともなう問題は、これはこれで多岐にわたります。しかし、それらこもごもを「衰え」として「アンチエイジング」の角度から捉えるのではなく、シンプルかつ自然に、変化してゆく健康として捉えるなかに、自分を支えるインフラストラクチャーとしての健康という観点に注目するようになりました。

そこでもたらされてくるのが、自分のインフラ状態を子細にチェックする視点です。この、いわば「自分の内より生じてくる内なる声」としての様々な支障を取り上げずして、自分の健康の維持はありえません。そうした内なる声を聞く感度を上げる行いとして、自分に生じてくる多々な心的動きへの観察眼が、しだいしだいに育ってきました。

そうした観察眼の積み重ねにより、自分の直観と呼ばれる領域の大きさや可能性を再認識するとともに、その一般的には無意識とされる分野を“意識的”に開拓する動機へとも発展してきています。

そうした試みの成果のひとつが、眠りと目覚めという、私たちの日常生活上の重要でありながら、意外に深められることの足りていない認識への到達です。

すなわち、眠りの世界のもつ、目覚めの世界にも相当する、あるいはそれを超えるような、常識観を打ち破る可能性の発見です。

 

2.5 ある現実上の試み

たとえばいま、私は、目覚めと眠り間のポータルを通って、こちら側にきています。すなわち、昼間の午後、思い切りエクササイズを行って帰宅、夕食を済ませてひと時もすると、“充”腹感と充実感が充満した心地よい疲労感で、もう、眠くてどうしようもない時間におそわれます。そういう時はあえて眠気にさそわれるままにいったん床に入って寝てしまいます。ふつう、2時間もすれば目が覚めます。そうした目覚めた夜中、これが実に生産的な時間で、こうして書き物に当たっているのです。

最近、私は眠りについて、ひとつの仮説を立てています。それは、毎日、7時間なり8時間の連続した眠りが必要というのは、少なくとも、いまの自分にとっては非現実的で、むしろ、昼寝も含む、2,3回かの眠りを合計してそれほどになればよい、というものです。

というのは、私くらいの年齢となれば、男なら前立腺の問題で頻尿による妨げがあったり、そもそも眠り自体も断片的になりがちで、一晩連続した安眠というのは、理想的ではありますが非日常的なパターンです。それに、リタイアして(あるいは時計に拘束されない働き方をしていて)時間が自由に使えるともなれば、いわゆる「9時5時」といった勤務時間というものもありません。加えて、たとえ道楽だろうと、打ち込みたい関心事が自分なりにあれば、それは時をかまわず、さまざまなアイデアや行動を呼び起こしてきます。

要は、一日を三等分して8時間づつ、労働、生活、睡眠にあてるというのは、どうやら、大規模な工場やオフィス労働など、近代の産業生産の必要――物的生産増が主題だった――による従業者の生活様式から導かれたパターンのようです。それに、もはや現代にあっては、全員が一斉に決まった時間と場所で働くといった生産様式も、コロナのお陰もあって、崩れてきています。オンライン勤務や知的生産職などといった今日的職種にあっては、そもそも時間や場所的制約を持ち込まないほうが、いわゆる生産性向上という点でも、歓迎される要素となっています。

そうした現役の仕事上での変化はこう指摘され、さらに、上記のようにして活用する眠りのもたらす効用も含めた心的作用は、ある種の〈非物理的な旅〉を体験しているに等しいとも受けとめられ、強いて言えば、局地と非局地の間の移動を行っているのではないかとすら捉えています。(「メタバース」と呼ばれる、現実世界をデジタル環境にシュミレートしてしまう技術が、〈疑似的〉にこの移動を取り込み始めています。その功罪はいかに。)

もちろん、そうした「旅」をして、こうして向かっている机やPCは昼間のままで、物理的には同じ現実にあるのですが、私の意識ははるかに冴えていて、ある種の「越境」をしてこちらにやってきています。

上記のくも膜下出血で瀕死状態を体験した際、入院先の病室で夜中に目覚め、思いついたことを紙にノートしていた体験と、どこか重なるところがあります。

私は、座禅とか瞑想とかは特には行いませんが、おそらく、そうした修行で達する境地も、同様なものではないかと推測します。

あるいは、昼間、エクササイズで走っている時、もう、何も考えていないような空白状態になっており、それを「走り瞑想」などと呼んだりもしています。

 

こうして、あえて作り出した日常的な「越境」をしてこの「半非局地」にまでやってきている生活は、従来の科学に閉じ込められた古典的近代世界観=局地的世界観から、知恵を凝らして抜け出てゆく生活です。それはいまだ完璧な脱出ではないもののその一歩は進めているものとして、「近量子生活」と呼んでいいものではないかと考えてきています。

そこで、ここに「近量子生活」のサブサイトを設け、ポスト「理論人間生命学」の議論へと進んできているわけです。

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