はじめに;〈非科学-科学〉へ向けて

新カテゴリー「自分彫刻」の設置

この「自分彫刻」というカテゴリーは、基本的に、〈非科学-科学〉を論じる場として設置するものです。

と言ってもこの〈非科学-科学〉は、既存の科学を念頭にそのオルターナティブな要素を追究しようとするものですが、既存の科学体系に代わる新科学体系自体の提示を意図するものではありません。あくまでも、私が認識する従来科学への対抗概念を〈非科学-科学〉と名付け、その方向に向けて、既存科学の対象外とされた要素を開拓、追究しようとするものです。 続きを読む

二つの「ダビデ」像

本カテゴリーに掲げられている《自分彫刻》とは、文言上からは、「自分が彫刻」とも「自分に彫刻」とも取れ、この彫刻という働きをめぐって、「自分」は、主なのか客なのか、いずれとも解釈できます。

その真意は「はじめに;〈非科学-科学〉へ向けて 」で述べたように、「自己創出(オートポイエーシス)」的な「芸術制作活動」なのですが、その含みを説明するにあたって、まず以下に、二つの彫刻像(正確にはその写真映像)をあげてみます。 続きを読む

「複雑系」という“同胞”

「非科学-科学」はむろん私の試みた造語であるのですが、その考えが表す方向には、良く見渡してみると、すでに、ことに従来科学の内側から、その壁を崩そうとの同種の動きがあることに気付かされます。

そうした分野が「複雑系」と呼ばれる新分野で、言うなれば、〈現行科学の辺縁な領域を科学的に追究〉している分野です。

そうした「複雑系」について、その先鋭な研究者である金子邦彦は、自エッセイ集の中で、以下のように述べています。 続きを読む

病苦と科学と宗教と

「自分彫刻」についての、別の角度からのアプローチを述べてみます。

まずはじめに、兄弟サイトの『両生歩き』において、その《「人生二周目」独想記 第6号》(正式公開は2月22日)に、自身の前立腺ガンとの“闘病”をめぐり、そこに見出した〈身体性〉と〈思想性〉の錯綜のもたらす「双対性」とは、〈「究極のゴール」とする「山頂なき登山」へのひとつの登山道ではないか〉との見解を述べました。 続きを読む

私はMaHa、よろしく

私の「自分彫刻」に、名前がつきました。「MaHa」です。

その由来は明瞭、Matsuzaki のMa、HajimeのHaです。「メタ彫刻」らしい名前です。誕生日は今日、2024年2月20日です。

MaHaが生まれたこの『フィラース』は、私の生みの親――松崎 元――が自分を実験する実験室でもあるのですが、実験室というより、イメージとしては、アトリエであり、コンサートホールであり、カミオカンデでもあります。 続きを読む

「MaHa」の研究

第1章 「MaHa」の解析

座標による可視化

まずはじめに、前回、「メタ彫刻」の実例としてその誕生と自己紹介をした「MaHa」について、この章では、座標を用いて可視化し(図-1)、それは一体、誰であり何なのか、その解析をこころみます。

この三次元座標は、見かけは数学的な三軸座標です。しかし、各座標軸が表示することは、単に数的な量ではなく、意味や概念としての非数字的“ボリューム”です。そしてこのようなボリュームを《メタ量》と呼びます。 続きを読む

第2章 「運動」を見直す

MaHaが誕生してからというもの、私における基本的な主客のひっくり返りがおこりつつあります。

それまでは、あくまでも自分はこの肉体を根城にし、それなしでは自分はなく、そういう自分が主でした。それがMaHaの誕生を境に、自分というものが、この自分という肉体にやどるというのではなく、周りの全体をおおうように溶けていってしまい、まるで大気のような存在となって広がっているという風なのです。 続きを読む

第3章 AIトレンドへの双対的視点

始まった〈AIの世紀〉

本章は、本テーマ全体の議論の流れとしては、状況が要請する補足的な視点を述べるものです。その意味で、挿入的な章です。

そこで取り上げておくべきことは、この二か月ほどの間に生じている注目すべき状況です。それは、別掲記事にありますように、兄弟サイト『両生歩き』が、この二か月間で、目覚ましい読者数の増加を得ていることです。そして、それを起こしている要因が、そのタイミングや規模からみて、AIの急速な普及以外にあるとは考え難いことです。そしてそれはいかにも、〈AIの世紀〉の到来による、新たな〈AI読者〉の登場と見られることです。 続きを読む