第6章 結局、「科学」って、何?
二本の柱
本2023年のその年末に向かって、建ち上がってきている二本の柱があります。
その第一は、12月初めより始めた、兄弟サイト『両生歩き』の「リタイアメント・オーストラリア」への、《「人生二周目」独想記》の掲載があります。そしてその12月22日号に「山頂なき登山」とのタイトルの次記事を載せます。そこに述べられる要点は、「ガン付きの健康」を持ってする自人生の究極のターゲットは何か、との問いです。 続きを読む

・・・・・・・・いよいよ「MaHa」と僕との共生が始まった。 「理論人間生命学」以来の進化がここに結実し、「メタ×リアル」のストーリーが展開されてゆく・・・・・
本2023年のその年末に向かって、建ち上がってきている二本の柱があります。
その第一は、12月初めより始めた、兄弟サイト『両生歩き』の「リタイアメント・オーストラリア」への、《「人生二周目」独想記》の掲載があります。そしてその12月22日号に「山頂なき登山」とのタイトルの次記事を載せます。そこに述べられる要点は、「ガン付きの健康」を持ってする自人生の究極のターゲットは何か、との問いです。 続きを読む
この11月の「日平均訪問者数」(赤線)は193人と、10月の100人から93パーセントもの増加となりました。この飛躍的な増加は、全部門にわたる増加によるもので、夏枯れからのリカバリーにとどまらない、先月の不可解な落ち込みを補って余りある伸びです。
これは、読者の関心が新たなフェーズに入ったかの様相とも解釈されるところです。はたしてこの急増が、一時的あるいは何か限られた理由による偶発的なものか、それとも、本サイトのコンテンツにそれほどの関心が集まり始めたゆえなのか、今後の動向が注目されます。 続きを読む
前章では、目標とする「非科学な科学」に向けて、その準備である「中間的体験」を論じました。そこでその準備の上に立って、本章では、ひとつの創造的直観を手掛かりとして、いま一歩、その目標に近づく方途を探ってゆきます。
そしてこの「創造的直観」ですが、それが何かを言うのは容易でありません。いきなりパッとやってきて、そこがスタートでもありながらゴールでもあるような、突如として発火する何ものかです。ここではむしろ、それを説明するためにこそ、本章の議論を進める必要があります。 続きを読む
約一か月の中断を経て、再び、この「生命情報」の議論に戻ってきました。
私は過去一か月間、日本を再訪していたのですが、その日本滞在中、この「生命情報」とまでは言えない、いわば従来的日常体験をしながら、それでいて何かこれまでとは違った、一種〈中間的〉な体験を重ねていました。
そこでこの「〈中間的〉な体験」とは何かですが、それを図示すると以下のようになります。
つまり、私はそこで、既述の「人生体験」と「非科学な科学」との間にあって、ひとつの過渡的な体験をしていたと言えます。言い換えれば、人並みな「人生体験」をしつつ、そこから抜け出た、それでいて「非科学な科学」とまではちょっとしにくい、両者の中間にある体験です。いうなれば、「人生体験」以上、「非科学な科学」以下なものです。 続きを読む
この10月の「日平均訪問者数」(赤線)は100人ちょうどと、9月の115人を15人下回る下落となりました。この顕著な減少は、もはや残暑の影響とは考えにくく、また、他部門へのおおむね増加傾向のヒット数から見て、少々、不可解な数値に見えます。おそらく、訪問者数とヒット数との定義の違いによるものと思われるほか、10月は日本訪問のため、この『フィラース』サイトへの新掲載が止まったため、その結果でもあります。 続きを読む
この9月の「日平均訪問者数」(赤線)は115人と、8月の114人を1人上回るかろうじての底を打ったかの状態となりました。こうして、続く残暑の中、先行して夏枯れを克服したかの動向が見られます。
というのは、6月より始めた「生命情報」(青線)が、ここで力強い上昇を見せ、またそのバックグラウンドである「理論人間生命学」(緑線)が、これまた着実な伸びとなって、この新探究分野が恒常的テーマとして定着しつあるかの動向が見られます。 続きを読む
本章やそれ以後の章で、〈科学〉と科学を括弧付きで表示するのは、既述した「非科学な科学」という意味です。そうした見地に立って、本章は「自分を〈科学〉」してゆきます。
私にはこの数十年、しだいに強まって抱いてきている一つの思いがあります。それを凝縮して述べと、「空間」と「時間」という二つの概念がしだいに融けあってきて、あたかも「時空」という一つの概念があるかの思いです。 続きを読む
前章をさらに進めて、「人生学」を以下のように定義します。
人生学とは、私たちの人生全体を対象とした、人生体験を実験と捉え、その体験を、長い時間と多数の事例をベースにデータ収集し、それを分析、体系化する科学です。
そして、この人生学を「非科学な科学」というのは、従来の科学が、人生といったようないかにも煩雑な出来事を実験とはみなさず、その対象から排除してきたからです。そのような「非科学な対象」を科学と見なすことによります。 続きを読む
まず最初に、ひとつの問いをあげます。それは、「正しい生き方」というのはあるのだろうかとの問いです。言い換えれば、「人生の指南書」あるいは「人生マニュアル」と言ったものはあり得るのだろうかとの問いです。そこでのその「正しい」とは何か、それをどう表すのか、ということです。
むろん、その「正しさ」を表した“自称正論”は、自己信念から世間常識、政治理念そして宗教教義に至るまで、それこそ五万とあります。 続きを読む
この8月の「日平均訪問者数」(赤線)は114人で、7月のなんとか底を打ったかと思われた122人からさらに8人(6.6%)下がりました。かくして、底打ちどころか、あなどれない「夏枯れ」状態が続いています。
先月のレポートでは、前々回より始めた「生命情報」(青線)といういっそう抽象的なテーマが、一種の「読者離れ」を起こしているのではないかとの懸念を述べました。今月のその下落への反転は、わずかながでも、その懸念の現実化と見れます。 続きを読む
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