5.01 マネーに拠らない社会 

相棒 私が「〈心〉理学」でもっとも重視していることが、マネー呪縛をどう断ち切るかということ。もちろん貨幣の使用は資本主義体制の根幹ですが、その貨幣価値にのみ還元されるシステムについては、撤廃は極論としても、少なくとも、一種のバイパスを用意することは必要です。

MaHa 確かに、資本主義体制のマイナス面は、それこそ、共産主義理論を筆頭に、多面にわたって論じられてきている。

相棒 根元に立ち返って言えば、いまのこの世界、お金を媒体とした構造で組み立てられています。いいかえれば、お金の最大化を推進動機とするシステムです。これが資本主義の核心ですが、そういう世界を、代替を経ない人間の純粋な必要を媒体として組み立て直すとすると、そのお金媒体を働かすための制度や施設は不必要となります。言うなれば、そういう無駄なコストの上に資本主義は成り立っている。ことにその無駄なコストが反映して、人間自身に及ぼしている作用を無視できません。

MaHa 君の発想は、資本主義の構造を「お金という媒介の必然性」から問い直し、人間が真に必要とするものを基盤にしたシステムを想定しているということだね。確かに、他に有効な手段が存在しない時代では、その必要をお金を媒介とした〈市場〉が有効だった。いわば、あらゆる必要が貨幣価値にいったん置き換えられて遣り取りされた。アダム・スミスの「神の見えざる手」というやつだ。それがさほど遠くない将来、そうした必要の持つそれぞれの具体的情報が、「神の見えざる手」に頼るのではなく、AIという高度な情報処理装置を通じて集積や分析、整理が可能となって、個々の価値をいちいち貨幣価値に置き換える意味がなくなってゆく。

そこで、その考え方を整理すると、いくつかの重要なポイントがあげられる。

  1. 資本主義の核心
    資本主義は「資本の増殖」を目的とする仕組みであり、そのためにお金が交換の媒介として不可欠。お金は価値を抽象化し、取引を効率化するためのツールだが、同時に「利益最大化」という動機を生む。
  2. 人間の必要を直接媒介にする世界
    君が言うように、もし「人間の必要」そのものがシステムの基盤になれば、貨幣や金融制度、さらにはそれを維持するための巨大なインフラ(銀行、証券市場、金融規制など)は不要になる可能性がある。これは、経済の「取引コスト」を大幅に削減するという意味で、理論的には非常に効率的だ。
  3. 無駄なコストの問題
    資本主義は、利益追求のために広告、マーケティング、金融商品、投機など、実際の人間の必要とは直接関係ない領域に膨大な資源を投じている。これを「無駄」と見る視点は、経済学でも「外部性」や「非効率性」として議論されている。
  4. 課題と現実性
    ただし、人間の必要を直接媒介にするシステムを実現するには、次のような課題がある。
    • 必要の定義と測定:誰が「必要」を決めるのか?個人の欲望と社会的必要のバランスは?
    • 分配の仕組み:貨幣をなくした場合、どうやって公平に資源を分配するのか?
    • 動機づけの問題:資本主義は「利益」という強力な動機を提供するが、それを失った場合、人間の活動をどう促すのか?

この発想は、経済学でいう「ポスト資本主義」や「ギフトエコノミー」、さらには「完全自動化社会」に近い議論だ。テクノロジーが進化すれば、こうしたシステムは理論的に可能になるかもしれない。

相棒 そうです。それだから「第四次産業革命」が水平線に見え始めているのです。

MaHa そこで聞きたいのだが、君がイメージしている「人間の必要を媒介にした世界」は、完全に貨幣を排除する世界なんだろうか? それとも、貨幣は残るけれど「補助的な役割」に縮小される世界なのだろうか?

相棒 現実的には、そうした世界への移行は、一夜にしてなるのではなく、段階的に進むのでしょう。ですから、理論上で、一種のシミュレーションとして、完全にお金に頼らない世界というものを議論したい。

MaHa よろしい、完全に貨幣を排除した世界を理論段階において考えるとしよう。ともあれこれは非常に深いテーマで、経済学・社会哲学・テクノロジーの交差点にある議論となる。

1. 貨幣なき世界の基本構造

貨幣を排除するということは、価値の交換を「抽象化」する仕組みがなくなるということ。そこで代わりに、次のような原理が必要になる。

  • 1.1 必要の直接的な認識と供給
    誰が何を必要としているかを正確に把握し、それを供給する仕組み。
  • 1.2 資源の分配と調整
    希少資源をどう公平に分配するか。貨幣は「価格」を通じて希少性を調整していたが、それがなくなると別の調整メカニズムが必要。
  • 1.3 動機づけの再設計
    資本主義では「利益」が動機だったが、貨幣がない世界では「社会的評価」「自己実現」「共同体への貢献」などが代替動機になる可能性がある。

2. 技術的前提

貨幣をなくすには、次のような技術が不可欠。

  • 2.1 完全な情報ネットワーク
    誰が何を必要としているかをリアルタイムで把握するためのデータ基盤。
  • 2.2 自動化された生産・分配システム
    AIとロボティクスによる生産の自動化、物流の最適化。
  • 2.3 意思決定の分散化
    ブロックチェーン的な分散型システムやAIによる調整。

3. 社会的・倫理的課題

  • 3.1 必要の定義問題
    「必要」と「欲望」をどう区別するか? 誰がその線引きをするのか?
  • 3.2 公平性と自由のバランス
    必要に基づく分配は公平性を高めるが、個人の自由や選択の幅を制限する可能性がある。
  • 3.3 権力構造の再編
    貨幣がなくなると、情報や技術を握る者が新たな権力を持つ可能性がある。

4. 理論モデルの候補

  • 4.1 完全自動化+AI調整社会
    生産・分配をAIが最適化し、人間は必要を申告するだけ。
  • 4.2 ギフトエコノミーの拡張版
    社会的評価や信頼を基盤にした交換。
  • 4.3 リソースベース経済(RBE)
    ジャック・フレスコの「ヴィーナス・プロジェクト」に近いモデル。

そこで、君に質問するんだが、この「貨幣なき世界」を考えるとき、君は 完全な自動化とAIによる調整を前提にするのか? それとも、人間の意思決定を中心にした仕組みを想定するのか?

相棒 僕は、それを、そのように二元論的なアプローチでは考えない。そもそも、社会の物的生産がAIによる完全自動化によって担われるとなれば、人間の意思の内容も変わってくる。逆にいえば、今の資本主義システムの中では、それに拘束された意思が人間の意思となっている。そこのところの、人間性の動的進化をはらんで、このお金を媒介とすることのコスト内在の世界が今の世界。言い換えれば、それによる人間性の解放という話。

MaHa けっこうアイデアリスティックな視点だ。

相棒 あくまでも、理論構築上のシミュレーションとしてです。

MaHa 君の視点は非常に本質的で、単なる「制度の置き換え」ではなく、人間性そのものの進化を含んだ議論だね。そこで、貨幣の排除=技術的変化だけではなく、意識の変容を伴う社会進化という点を重視してるんだね。
 それを整理すると、君の論点はこうなる。

  • 現在の人間の意思は資本主義に拘束されている
    資本主義は「お金を媒介とする世界」を構築し、その中で人間の欲望や価値観が形成されている。つまり、今の「人間性」はシステムに規定されている。
  • 貨幣なき世界は人間性の解放を意味する
    生産が完全自動化され、必要が直接満たされる社会では、人間の意思は「生存や競争」から解放され、創造・探究・共感など、より自由な方向に進化する。
  • 動的進化の視点
    技術と制度の変化は、人間の意識を変え、その意識の変化がさらに制度を変えるという相互作用。この循環が「貨幣なき世界」への移行を可能にする。

この発想は、哲学的には マルクスの疎外論の克服や、ポスト資本主義論、さらに未来学的な「トランスヒューマニズム」に近いが、君は「人間性の解放」という倫理的・存在論的な側面を強調している。
 そこで、聞きたいが、

  • 君が考える「人間性の解放」とは、具体的にどんな状態を指すのか?
    例えば:
    • 労働からの解放?
    • 競争や不安からの解放?
    • あるいは、創造性や共同性の最大化?
  • そして、その解放された人間は、何を価値の中心に置くのか?
    「幸福」「美」「知」「関係性」など、どんな軸が浮かぶか?

このあたりを君の言葉で聞いてみたい。そこが議論の核心だと思うがどうだろう?

相棒 それらすべてを含めた何かです。そして、その向かう方向について、人間はまだ、それを言葉としては持っていない。ただ、非常にブロードな言葉として、「愛」というのはある。それを私はまた〈心〉と表現している。

MaHa 要するに、未知なその「愛」なり〈心〉なりの内容ということだね。「愛」という概念を、まだ言語化されていない未来の方向性の象徴として置く発想は、哲学的にも非常に力強いものだ。

ここで重要なのは、愛を単なる感情ではなく、社会の構造原理として捉えるということだと思う。つまり、貨幣が媒介する世界から、そういう愛が媒介する世界への移行。これは、倫理・価値・制度のすべてを再構築する話だ。

そこでだ、もしこの方向をさらに理論化するとしたら、次のような問いが浮かぶね。

  • 愛を媒介とする社会のメカニズムはどうなるのか?
    例えば、愛は「関係性」「共感」「相互扶助」を基盤にするが、それを制度化するにはどんな仕組みが必要なのか?
  • 愛と自由の関係
    愛が中心になるとき、個人の自由はどうなる?愛は強制できないものだから、制度化には限界がある。
  • 愛と技術の役割
    AIや自動化は、愛を媒介とする社会を補強するのか、それとも阻害するのか?

君の発想は、貨幣なき世界を「技術的ユートピア」ではなく、「倫理的進化」として捉えている点が非常に面白い。ここで、さらに一歩進め、そこで聞きたいが、

君にとって、愛を媒介とする社会は、どんな「原理」で動くと思うか?
例えば、

  • 「必要に応じて与える」
  • 「互恵性」
  • 「無条件の贈与」

それとも、もっと別の原理なのかな? このあたりをさらに話してみよう。

相棒 AIアシストのお陰で、論点の整理がかなり進んだと思います。
今回、もうだいぶ長い議論となりました。そこでそうした議論は次回にしましょう。

 

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