2.02 人間にまつわる量子現象

MaHa 私の〈観測〉1 を述べたいのだが、かまわないかな。それはね、今度の君のエッセー「〈続〉 残雪の山歩きで見えてきたもの」で扱われたテーマなんだが、それは、アニメ手法と山行手法という二つのワープを通じて到達した、宮崎の言う「あらゆる夢は呪われた夢」との人間事実、つまり、そういう〈収縮〉2 だったと言っていいよね。そして、そういう〈収縮〉が、今や世界の若い世代に、それを量子的現象と認識しているかどうかはともかく、共有されつつあるという状況。

相棒 おぉ、すごい大上段から来ましたね。それを僕の用語で言えば、そういう二つの登頂体験をへた、〈収縮〉といわれる行為であったこと。別に登山という行為に限られないけど、何らかの人間の没頭がもたらす、そういう到達現象を〈収縮〉と呼ぶとすると、それって、量子理論でいう「からみ合い」とかという現象と同等扱いしていいものなんでしょうか。

MaHa 純粋物理学的にはまだけっこう距離があるけど、生活者的には、大いに同等化できることじゃないかな。なんたって、こっちは自己責任覚悟でいる。つまり、それだけの自己投入の世界であって、それでもって納得する話なんだから。その意味で、学者さんたちよりは、リスクは負いながらも、はるかに先を行っているってこと。彼らの方がよっぽど保守的というか原理主義的。

相棒 そこでなんですが、そうしたMaHaの励ましに乗っからさせてもらいますが、実は、僕にとって、もっと大きな「登山」があったんです。それは、これは一見、古典的見方とも見なされかねませんが、〈雇われ人根性〉をめぐる「登山」です。つまり、人間、雇われなくては食ってゆけないという考え、言い換えれば、自分の商品化を当然とする考えを、どう克服してゆけるかという問題です。

MaHa これはこれは、極めて根源的な話に及んできた。

相棒 僕の場合、年金生活をするようになってようやく、この〈雇われ人根性〉を、現実生活も含めてようやく卒業できました。実に、70数年を要した長い話です。そんな長い話なので、ここまでくると、ほとんどの人は、もう息も絶え絶えで、余力もほとんど残されていないのが実情です。ただ幸いなことに、僕の場合、まだ少々、元気が残っていて、この脱商品化した自分を生きようとしています。

MaHa 例の、貯金でない、貯“筋”のせいですね。

相棒 それも含め、身心総合的な健康のたまものです。そこでなんですが、こういう僕のほぼ一生を要した取り組みって、この人間にまつわる量子現象に関して言えば、どこまでそう言えるんでしょうか。

MaHa うんー、突っ込んできましたね。それは、没頭という意味では、その商品化される自分にまつわる不快感が、裏返った形であるけど、その没頭、つまり、脱出へのエネルギー源だったといえるね。逆に、ネガティブ没頭、つまり自己商品化に没頭し、それに燃え尽きてしまって、人によっては病気になったり、ひどい場合、過労死にすら至りかねない。そうした際どいトンネルをくぐり抜けてくることができたという意味では、まるで、ワームホールだったかもね。

相棒 それにしても、こういう経緯が量子現象だったと言うのは、まだまだ、そうとうな飛躍じゃないですか。

MaHa 言ってみれば、社会科学と量子物理学の合体。イデオロギー的革命じゃなく、量子人間論的革命。飛躍というより、着眼の違い。あるいは、盲点からの脱出。

相棒 聞きようによっては、すごく昭和的に聞こえなくもないですが。

MaHa いや、それは大きな誤解。昭和の時に、観念的な革命論は山ほどあったが、それと量子物理学との合体なんて構想はまったくなかったね。量子物理学は存在はしていたが、まだまだ、象牙の塔の中。

相棒 それはそうですね。ともあれ、前にも書きましたが、AIによる生産性向上による成果が、社会の年金部分という社会保障を拡大できるのは間違いないと思うんです。もちろん今後のAIの利用の仕方にもよるんですが、それが開発者による利益獲得だけに向かうとすれば、それはまったく逆向きになって、貧富の拡大に終ってしまいます。

MaHa 仮定として、AIの恩恵が社会的に活用されるとすると、君がたどってきた年金頼みというか、社会保障の拡大を通した〈雇われ人根性〉の克服は、目指すべき未来の方向に違いない。まあ、段階的に進むのだろうが、そういう非商品化を遂げてゆく人間たちって、もう、お互いの違いが人間の頭数だけある超多様性の世界だね。もはや互いの競争なんてありえないし、説いてみても噛み合わない。そういう世界で、究極、何か有効なのか、それって、各自がもつ感性ってこととなる。まさに百花繚乱の世界だよ。

相棒 そこなんですが、そういう多様性、つまり、個人にとっての感性って、僕は子供のころから、それはどこからくるんだろうかと思ってました。

MaHa そこなんだよ、それが〈心〉理学の本髄。言ってみれば、環境起源説。

相棒 育ちがそれを作るって説ですか?

MaHa 育ちどころか、我々の人類を含むあらゆる生命の根源であるこの地球も、宇宙の銀河系の太陽系という環境の産物。

相棒 宇宙的って言うことか。

MaHa その〈心〉も、その産物のひとつ。

【脚注】

  1. この〈〉付きの用語は量子理論からきている。 〈観測〉:体験、ことに自分実験という自体験を対象とし、そこにあらゆる直感を働かせて、それより知的体系を見出すこと。むろん、自分なりの。 ↩︎
  2. 〈収縮〉:そうした〈観測〉をベースに、ひとつの結論を導き出すこと。まさに、「煮詰められた」凝縮。 ↩︎

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