1.1「三重邂逅」を体験して

本サイトの兄弟サイト『両生歩き』に、「相互邂逅」と題した、私の言わば「半自伝」があります。

それは、私が十代半ば以来書き残してきた数十冊のノートを、還暦をきっかけに再読した体験にまつわる、自人生の振り返りの記録です。つまり、十数年前、私はその「半自伝」風の回想記を書きながら、その古きノートに全精魂を傾けて表わされている40年ほども昔の自分――もしその再読がなかったら、そのかつての自分は、おそらく記憶の中の遠いかなたに消えかかっていたでしょう――と、その本人がそのまま、今ここにそう息づいているかのように、まさにリアルに再会していたのでした。 続きを読む

1.2「架橋」を通じた多次元の包摂

「生物学研究者による観察」との想定

前節(「三重邂逅」を体験して)では、自分が制作した情報により、後年、自分が自分に遭遇するという、あたかもタイムスリップしたかの体験を述べ、それが単に個的な偶然事には留まらないとの見解を表しました。そこで、この見解を検証するため、ここに、ある想定をしてそれに臨みます。

その想定とは、私が一人の生物学研究者であるというものです。

ただ、この生物学研究者は典型的ではなく、その研究対象を広く生物各種に置くのではなく、人間という特殊な生物種に絞るとするものです。 続きを読む

1.3 「換金」という罠

私たちは、健康を「病気でないこと」とか「無くして覚る有り難さ」とかと、とかく二重否定の受け身的視点で捉えがちです。ですが、それは健康との取り組みのほんの序の口に過ぎないと、繰り返し述べてきました。

さらに、本「理論人間生命学」においては、その健康を生命現象の一環として捉えることで、生命の在り方と結びつけて捉えようとするものです。

そうした見地から、既述の二節では、生命の在り方を、①「自分を実験台」にする体験、②科学理論の取り入れ、という二面のアプローチより、私たちが採用可能な実践的方法として提起してきました。 続きを読む

2.1 実験原則の新たな適用

「自然実験」という新ツール

11月28日付の日経電子版の「Global Economics Trends」によると、〈今年のノーベル賞に決まった「自然実験」は、「政策の効果検証に革命」〉とあって、「自然実験」という見慣れない用語を紹介しています。

そこで、この記事を要約してみるとこうなります。

これまでの理論中心の経済学では、制度改革などについて理論が想定する影響を、統計データなどを使って検証しようとしても、改革の前後のデータを単純に比べるだけでは、効果を正確に測定するのは難しかった。例えば、最低賃金の改定や移民問題、教育の効果など社会全体への影響を分析するような場合には、研究者が条件を変えるといった介入ができないため、実験には適さないと考えられていた。

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2.2.1 「生きていく」思想(その1)

 「科学」体系と「思想」体系

「二重性」という出発点

私は、これは誰にもある認識だと考えるのですが、生きる世界とは二重構造になっているとの受け止め方をします。それは、言い古された表現では、「本音と建て前」とか「理想と現実」とか「この世を忍ぶ仮の姿と真の姿」、あるいは、見方を広げれば、「陰と陽」、「プラスとマイナス」、ひいては「雄と雌」などなどが挙げられ、そうした構造を代言しています。 続きを読む

2.2.2 「生きていく」思想(その2)

 思想体系という利器

用語上の原点

ところで、「理論人間生命学」がになうの最大の課題は、いわゆる「科学と非科学」の境界をどう突破し、すでに述べてきた「二重性」の融合がどのように達成されるのかの探究にあります。この問題は、ある意味では、人間の文明がかかえてきた懸案と言ってもよい課題です。

その「 理論人間生命学 」と、本章で取り上げてきている思想体系のひとつとしての「 〈いのち〉の 続きを読む

2.3 「宗教」という独自領域

 

「宗教」と「超然現象」

私は、もしそれが何かと問われれば「無宗教」と答える、宗教について一線を引く部類の人間です。

浅い教養程度では、聖書や仏典の片りんくらいはかじった経験はありますが、教会やお寺に意図して通ったこともなく、日常生活で接する時折の布教への誘いも、無碍に断り続けてきています。また、家族関係において“葬式仏教徒”程度には伝統的しきたりには従ってきています。 続きを読む

3.1 理論と経験の結合

《経験的知見》からの合流

この「理論人間生命学」は、その名の通り、理論的な枠組みとアプローチをその開発の方法としてきましたが、他方、兄弟サイトの『両生歩き』において、それを経験的に、ことに「健康」――すなわち健やかな「生命」――というアプローチをへて、ひとつの達成を見ています。

むろんこれは、私的体験に基づいた視点ではありますが、理論という抽象性をその対極から補う具体性において、まぎれもない事実を提供しているものです。 続きを読む

3.2.1 究極の合流

読者へのコメント

この2カ月ほどの間、この理論人間生命学とその関連考察の記述が、一見、曲折した経路をたどっています。そこで読者の混迷を避けるため、ここで状況説明を入れておきたいと思います。

まずその記述の最後のものは、3月7日付の「3.1 理論と経験の結合」です。その後、本論からそれる形で、3月8日付で「『四分の三プロジェクト』への〈下ごしらえメモ〉」、そして3月28日付で「

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3.2.2「氣」という包括概念

                                               

〈直観による飛躍的発展〉

先に議論の筋道を分岐してその前半を掲載しましたが、以下はその後者である〈直観による飛躍的発展〉の詳細です。そしてその「直観」が着目する「氣」についての議論を述べてゆきます。

 

世界を東西に分けるもの

前述した「東西の融合」へと至る「東西」の二元論を、一部その議論と重複させつつ、思考方式という観点から掘り下げてみます。

東洋の考え方の最大の特色とも言えるものは、西洋の「細分化」と対比を成すかのように、〈対象の全体像をまず描く〉こと――これは直観的な発想に拠るものと考えられる――が、広く認められることです。あたかも「初めに言葉ありき」の西洋に対し、「初めに全存在ありき」の東洋です。 続きを読む